アメリカ現代アートの礎を築いたポップ・アーティストの一人として、美術史の教科書にも登場するクレス・オルデンバーグ(1929〜)。ニューヨークで1959年に初個展を開いて以降、精力的に制作活動を行い、1970年代後半からは妻のコーシャ・ヴァン・ブリュッゲン(1942〜2009)とともに大規模な作品を手がけてきました。2015年11〜12月、ニューヨークの老舗ギャラリー、ポーラ・クーパーギャラリーで回顧展が開催され、オルデンバーグの足跡にふたたび注目が集まりました。半世紀以上第一線で活躍する彼の作品の魅力はどこにあるのでしょうか?
抽象表現主義からポップアートへの遷移──《ザ・ストア》
1961年12月、オルデンバーグはニューヨークのイースト・ビレッジにあった空き店舗を借り《ザ・ストア》というパフォーマンスを行いました。店内には、近隣のカフェで売られるケーキや、ディスカウントショップで見かける衣類やスニーカーなどを模した石膏の彫刻が所狭しと陳列されました。
彫刻とはいっても、それらはグロテスクにディフォルメされ、乱雑にエナメル塗料で着色されていました。その表現スタイルはジャクソン・ポロック(1912〜1956)に代表される抽象表現主義の影響を感じさせるものでしたが、決定的に異なっていたのは、オルデンバーグが「消費文化の中で絶え間なく生み出されるモノ」という具象をテーマに据えた点です。
また、作品展示をパフォーマンスとして行ったことも特徴的でした。その期間中、オルデンバーグ本人が店番をしながら実際に作品を販売。スペースは制作スタジオも兼ねており、売れた場合はまた新たな作品をつくり、その場で補充していきました。これは1958年にアラン・カプローによって提唱された不確定な出来事そのものが作品となる「ハプニング」というパフォーマンス・アートを踏襲したものでした。
それまで隆盛を極めていた「抽象表現主義」の流れと、新たなムーブメントとして台頭しつつあった「ハプニング」、そして消費文化とアートが融合する「ポップ・アート」。《ザ・ストア》は、1960年代前半アメリカのアートシーンの転換期を語る上で大事な要素をすべて包含する作品として、現代美術史の中で知られることとなりました。

© Claes Oldenburg and Coosje van Bruggen. Courtesy of Paula Cooper Gallery, New York. Photo by Steven Probert
可能性にあふれていた1960年代ニューヨーク・アートシーン
ニューヨークのアートシーンが大きく変わろうとする転換点の真っ只中にいたオルデンバーグ。しかるべき時期にしかるべき場所にいたことは、その後の活躍にとって大きな要素でしたが、新しいアートを積極的に紹介するギャラリーとのつながりも、彼のキャリアに大きく寄与しました。
1960年代のニューヨークは、新しい表現を模索する若いアーティストにとって非常に恵まれている時期でした。ジャドソン・ギャラリーやマーサ・ジャクソン・ギャラリー、ルーベン・ギャラリー、シドニー・ジャニス・ギャラリーといったギャラリーが、若いアーティストたちに新しい表現を試す機会と場を与えました。「ハプニング」のようなまったく形の残らない、商業的に成り立たない作品や、これまでのアートと袂を分かつ「ポップ・アート」などを展示し、アーティストの想像力と表現の可能性を大きく広げることになります。
なかでも、ワシントン・スクエア・パークの南端、ジャドソン・メモリアル教会の一角に1959年に発足したジャドソン・ギャラリーは、ニューヨークでは伝説のアート・スペースの一つとなっています。同ギャラリーは、グリニッジ・ビレッジ周辺で活動する若いアーティストの紹介に尽力し、何を展示するかには一切関与しないというスタンスで新しい動きを促進しました。そこでのこけら落としの展覧会に選ばれたのがオルデンバーグ。しかも、それは彼にとって初めての個展でした。
こういった実験的なスペースを通じ、アーティストやアートに携わる人たちとのネットワークが広がり、様々な機会を得ることになったのです。初個展のわずか2年後の1961年には、オールデンバーグの作品はニューヨーク近代美術館に収蔵、展示され、1964年には海外でも紹介されるようになります。今では考えられないスピードでの活躍ですが、60年代のアメリカが、いかにアーティストにとって可能性に満ちていたかがうかがえます。

© Claes Oldenburg and Coosje van Bruggen. Courtesy of Paula Cooper Gallery, New York. Photo by Claes Oldenburg
モノの機能をそぎ落とした後に見えてくるもの
《ザ・ストア》以降、オルデンバーグは、布を縫い合わせてつくった「ソフト・スカルプチュア」という表現スタイルを展開させていきます。ハンバーガーやトイレの便器、照明のスイッチなど、身の回りのものを、大きく拡大し、クッションのような形態で次々と表現していきました。
身近なモノの大きさや質感を変えることで、そのモノの本来の役割・機能を取り除き、その後に残るかたちに観る人たちの関心を引きます。「なぜこのものはこのかたちになったのか。そこには必然性はあったのか」。そういった素朴な疑問を通じて、身の回りには「当たり前だと思う、あまり考えもしないこと」にあふれていることに気がつきます。
自分の身の回りのものを注意深く見ることで、自分の思考が見えてくる。オルデンバーグは自身の創作活動の中で、身の回りの世界が、個人の内面で起こることと地続きであることを表現したいと語っています。

© Claes Oldenburg and Coosje van Bruggen. Courtesy Paula Cooper Gallery, New York. Photo:Claes Oldenburg
身の回りのものに含まれているジェンダー性を強調するのもオルデンバーグ作品の特徴です。1970年代には妻のヴァン・ブリュッゲンとともに、公共の場に設置するパブリックアートを手がけるようにもなり、ノコギリや針、ボタンという、これもまたありふれたものを、巨大化させ彫刻として屋外に展示しました。
彼が作品のモティーフにしたこれらのものには、男性が使う道具、女性が使う道具といういうように、ほぼ無意識のうちにものと性別との間に結びつきがあることが示唆されています。男性的なもの、女性的なものが存在するということ。時にそれは身体性をものに投影することで表現され、またある時は、ものに潜在する性役割を喚起することで提示されます。
今回ポーラ・クーパーギャラリーでは、オルデンバーグがこれまで手がけてきた作品に加え、ニューヨークのスタジオを整理した際に出てきたマケットやスケッチなど100点近くを展示。一つひとつはシンプルなモチーフですが、作品の構想に多くの試行錯誤と時間が費やされたことがよくわかる内容となっていました。

© Claes Oldenburg and Coosje van Bruggen. Courtesy Paula Cooper Gallery, New York. Photo: Steven Probert
身の回りをいつもと違う目線で見てみることで、今まで気にも留めなかった自分の思考パターンや、社会の構造が見えてくるということを、創作の努力の形跡をまったく見せずに観客に伝えるオルデンバーグ。生きる上での大きなテーマをスマートに提示するアーティストとしての能力に、彼の魅力があるように思います。
「Things Around the House」
会場:ポーラ・クーパーギャラリー
住所:534 West 21st Street NY,NY 10011
電話番号:212-255-1105
開廊時間:10:00~18:00
休館日:日月
URL:https://www.paulacoopergallery.com/