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マンガ家・崗田屋愉一さんと国芳イズムを語る【前編】

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現在、東京都内2つの美術館で、江戸時代後期の浮世絵師・歌川国芳(1798〜1861)の作品を中心にした二つの展覧会が開催されています。練馬区美術館の「国芳イズム−歌川国芳とその経脈」(4月10日まで)と、Bunkamura ザ・ミュージアムの「俺たちの国芳 わたしの国貞」(6月5日まで)です。国芳一門を描いたマンガ『ひらひら〜国芳一門浮世譚〜』(太田出版)と、若き日の国芳を描くマンガ『大江戸国芳よしづくし』(『週刊漫画ゴラク』連載中)の作者である崗田屋愉一(岡田屋鉄蔵)さんとともに展覧会を巡り、歌川国芳という絵師の魅力を探りました。

「おいらに描けねえもんは無いよ。この世のもんも、あの世のもんも、見たことのねえもんだってな」──武者絵から戯画まで驚異的な画域の幅広さ

──今日は2つの展覧会を巡って、100件を超える国芳作品を鑑賞することができました。練馬区美術館の展示作品は、コレクターであり浮世絵研究者の悳俊彦さんのコレクションで、国芳とその一門への愛がひしひしと伝わる作品群でした。また、Bunkamura ザ・ミュージアムの展示作品は、米国ボストン美術館の所蔵品で、保存状態が良くてびっくりしました。ひたすら国芳のパワーに圧倒された2展でした。

 本当に楽しかったですね。国芳は、倶利伽羅紋紋(くりからもんもん)の水滸伝のヒーローを描いたかと思えば、壁の落書きに模して歌舞伎役者の似顔を描いてしまう。さらにはタヌキの玉袋みたいな戯画まで(笑)。これが一人の絵師の描いたものかと、その幅の広さに驚くばかりです。国芳の作品は「かっこいい!」とか「何だこれ!?」なんて、みんなでワイワイ言いながら見たくなりますね。美術館ではなかなか難しいですが......。江戸時代の人々も「こいつ、次は何をしでかしてくれるんだろう」と国芳の新作をワクワクしながら待っていたのではないでしょうか。

──当時「武者絵の国芳」と言われた国芳ですが、武者絵以外の画題も本当に幅広く描いていますよね。そのなかでも、彼のもう一つのお得意画題と言えば、やはり猫でしょうか。両展覧会とも、会場入り口で猫を使った造作やアニメーションを使用して、来館者を国芳ワールドへと誘っていました。崗田屋さんのマンガ『ひらひら〜国芳一門浮世譚〜』(以下『ひらひら』)と『大江戸国芳よしづくし』(以下『よしづくし』)の中でも、国芳の周りには常に猫が描かれていますね。

 国芳は大の猫好きだったんです。私も猫を飼っているんですが、国芳の猫は、猫好きの人が描いた猫だということがすぐわかるんですよね。犬好きの人が描いた猫を見ると「あ、猫を抱っこしたことがないんだろうな」って思います。弟子の芳虎は、絵を見るかぎり犬派だろうな(笑)。本当に国芳は猫が好きで、猫好きが納得する猫を描いています。その細部まで行き届いた観察力はすごいと思います。

MM0030_13.jpg(左)歌川国芳 六様性国芳自慢 先負 文覚上人 1860、(右)歌川国芳 流行猫の曲手まり 1841頃 ともに悳俊彦コレクション
国芳は大迫力の躍動感あふれる浮世絵を描く一方で、こんなほのぼのした浮世絵も。左図は、滝壺の水流がマンガの効果線のような演出で描かれている。また、右図の猫は着物を着て二足歩行をしているが、仕草や表情に猫らしさがにじみ出る

──観察力といえば、崗田屋さんの『よしづくし』では、国芳が歌舞伎の舞台をスケッチするシーンがありますね。これは練馬区美術館で展示されている「国芳芝居草稿」から着想を得ているのでしょうか?

MM0030_06a.jpg歌川国芳 国芳芝居草稿(部分) 1818~44頃 悳俊彦コレクション
マンガ『よしづくし』では、パトロン・梅屋の計らいにより、国芳は人生初の桟敷席での歌舞伎鑑賞の機会を得る。興奮しながら舞台をスケッチする姿が団十郎の目に留まり、頼まれごとを引き受けたことから事件に巻き込まれることに。国芳は芝居小屋に通って、こうしたスケッチをいくつも描いていたのだろうか

 はい、そうです。初めてこの作品を見たのは太田記念美術館(東京・原宿)での展示でした。国芳本人の直筆の線が見られて感動しました。役者の瞬間の動きを的確に写し取っていて、本当にうまいですよね。こうした国芳の下絵を、もっと見れたらと思います。浮世絵版画は、彫師や摺師の手を介したものなので、浮世絵師の息遣いが伝わってくるような下絵は貴重ですね。

 残されている浮世絵師の版下絵を見ると、朱墨でラフを描いて、その上から黒い墨線で本番の線を描いてますよね。私がマンガを描くときの作業と一緒だなって。私もまずは青い線で下書きをして、それからペンを入れるので。大変参考になります。

「芳の字背負ってここに居る限り、めェらは皆仲間だ」──異色の浮世絵師集団、チーム国芳

──崗田屋さんが、国芳の作品で好きな作品はどの作品なんですか?

 国芳の人となりがよくわかるという意味で大好きなのが《勇国芳桐対模様(いさましきくによしきりのついもよう)》ですね。国芳とその弟子たちの行列が描かれている作品です。一門の結束力が感じられて「チーム国芳」って感じですよね。この作品を見たとき、私もこの一門に入りたい、と思いました。

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歌川国芳 勇国芳桐対模様 1847頃 悳俊彦コレクション
国芳一門の晴れやかな大行列。画面左で行列を率いている後ろ姿の人物が国芳本人だ。弟子たちは自分の名前を書いた扇子を手にしている。この作品は販売用でなく配り物だったらしい

──作品を見る限り、国芳自身を含めて、一門の中に厳格な序列は無いようですね。崗田屋さんのマンガのタイトル「ひらひら」というのも、弟子たちが国芳をそのように呼んでいたとか。

 国芳が豊国一門にいたときに、二代豊国の襲名など、おそらく弟子同士の勢力争いみたいなものがあったと思うんです。国芳は性格的に、そういう上下関係やイザコザが嫌だったんじゃないかと。だから自分の名前は誰にも継がせなかったし、本人は「国芳の名を名乗ったら化けて出る」って言っていたらしいんです。他の作品では、遠景の提灯の一つひとつに弟子たちの名前を入れたりして。でも、自画像はいつも後ろ姿。そういうところがすごく好きです。

 浮世絵師は売れてなんぼの世界ですから、当然、羽振りの良い人とそうでない人がいて、ちっとも仕事がもらえずに腐っていっちゃった人はいっぱいいたと思うんです。残された資料や逸話を見ていると、国芳一門は、いわゆる師弟関係や職業画家の集団というだけでない結びつきがあったように思います。気軽に誰でも弟子にしちゃっていたみたいですし、しょっちゅう破門にもしていたみたいですしね(笑)。

MM0030_10b.jpg『ひらひら~国芳一門浮世譚』より ©岡田屋鉄蔵(太田出版)
『ひらひら』の主人公・伝八郎は《勇国芳桐対模様》で「でん」という扇子を持つ人物がモデル。武家の出身で、父の仇討ちを果たした後、ある秘密を胸に入水するが、舟遊びをしていた国芳一門に救われる

──練馬区美術館の展覧会カタログ『国芳イズム』の解説によれば、芳宗なんて十数回も破門されてるみたいですね。『男はつらいよ』の寅さんのような......。

 年の差を考えても、もはや親子喧嘩みたいなものだったんじゃないかと(笑)。みんな本当に国芳が好きで、「この親方を立てたい、この親方の力になりたい」という想いを持った連中が中心に集まっていたんだろうなって思うんです。

 火消しに憧れて、火消し半纏を普段着にしていたとか、猫の供養を怠った一番弟子を破門にしたとか、残されているエピソードが、どれも大人気ないけれど、かわいい。きっと国芳には、人を惹きつけてやまない魅力と、誰もが放っておけなくなる、どうしようもなく人間としてダメなところがあったのではないでしょうか。生前も没後も、誰一人、国芳を悪く言う人がいなかった。愛すべき人物だったのだと思います。

 弟子の河鍋暁斎(1831〜1889)が、のちに国芳画塾の様子を追想で描いていて、その絵がすごく楽しそうなんです。国芳は猫を抱きながら筆を走らせていて、すぐそばで兄弟子たちが相撲を取っていたりして。行儀の良い画塾ではなかったので、暁斎の親が心配して、彼は2年程度で狩野派に移されちゃうんですけれど。幼心に、よっぽど楽しかったんだと思います。

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『ひらひら~国芳一門浮世譚』より ©岡田屋鉄蔵(太田出版)
品川沖にクジラが現れたとの知らせを聞き、一門総出で見物に来た国芳たち。巨大なクジラに大はしゃぎ

「貧していても干されていても描く事を止めない、こんな絵師を捨て置けるものか」──パトロン・梅屋鶴寿に見出されるまで

──『よしづくし』は国芳のパトロンであった梅屋鶴寿の語りで物語が進行します。雨の日に偶然二人が出会うところから物語が始まりますね。二人が出会ったとき(文政5年頃)は、国芳はまだほとんど無名に近い浮世絵師でした。

 『よしづくし』で描いた国芳と梅屋の出会いは、口伝にもとづいています。たまたま国芳の家の軒下で雨宿りをしていた梅屋に、国芳が絵を見せたというんですね。それで翌日、梅屋は2両の大金を持って国芳宅を再訪する。すべてのクリエイターにとって夢のような話ですが、後日談も含め、信憑性の高そうなエピソードなんです。現実はマンガよりも奇なり、なんですよ。

 梅屋も若かったとはいえ、当時すでに文化人として目利きの力は十分備わっていたはずで、一瞬で国芳の絵に惚れ込んだということは、二人が出会ったとき、国芳はそれだけの画力を持っていたということになります。そこで『よしづくし』では、国芳が30歳を過ぎるまでなかなか才能を発揮できずにいた理由を、彼の画風が師の豊国風に矯正され、彼の持ち味が押し殺されていたから、という風に推測して描いています。

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『ひらひら~国芳一門浮世譚』より ©岡田屋鉄蔵(太田出版)
国芳一門の紅一点・芳玉から、国芳の若かりし頃の話を聞く伝八郎。国芳が「水滸伝」シリーズで一躍人気絵師の仲間入りを果たすのは31歳。当時としてはかなり遅咲きの浮世絵師だ

──現存する国芳の10〜20代の作品と、大ヒットを飛ばす「水滸伝」のシリーズとの間には、画力に大きな飛躍があります。『よしづくし』を読んで、崗田屋さんの推測は非常に説得力があると思いました。特に駆け出しの絵師においては、描いたものがそのまますんなり世に出ることはありません。

 国芳本人は、本当に不器用な性格だったんだと思うんです。セルフプロデュース能力が皆無だったんではないかと(笑)。豊国も彼の筆に光るものを感じながら、それを引き出せずにいた。国芳は経済的に困窮していて、画塾の費用がまともに払えていなかったという話もありますが。国芳の能力を開花させるために、さまざまな根回しをしたプロデューサー、それが梅屋だというのが私の推論です。

──浮世絵は出版物ですから、消費者のニーズがあり、クライアントの要望があり、制作コストの計算が合わなければならない。若い頃の血気盛んな国芳には、そのあたりの折り合いをつける能力、要は仕事におけるコミュニケーション能力が足りなかったのかもしれませんね。

 うぅ、耳が痛い(笑)。はい、それはあると思うんです。つまり、仕事上で自分のやりたいことを実現するには、ある程度、相手を説得して納得させなければいけない。それが多分、若い頃の国芳は上手くできなくて、ほとんど仕事がもらえなかった。そこを梅屋がうまく立ち回ってくれるようになったのではないかと。

 「水滸伝」のシリーズの仕掛け人も、私は梅屋だったと思っています。彼は商人ですから、流行はつくるものだということがわかっていた。おそらく時流を察知して、最高のタイミングで国芳の武者絵を世に送り出したんです。梅屋と出会わなければ国芳は歴史に埋もれていたと思っています。

──国芳の作品から、どんどん想像が膨らんでいきますね。本当に国芳は興味深い浮世絵師です。後編では、さらに国芳像を探っていきたいと思います。



PROFILE
おかだや・ゆいち 2007年『タンゴの男』(宙出版)でデビュー。2010年奇譚時代劇『千』(白泉社)発表後、時代劇ジャンルに活動の場を広げる。2011年、国芳一門を題材にした『ひらひら国芳一門浮世譚』(太田出版)を発表、文化庁メディア芸術祭推薦作品に選出される。現在、少年画報社ヤングキングアワーズ誌にて『無尽~MUJIN』連載中。『大江戸国芳よしづくし』の続編は今秋『週刊漫画ゴラク』に連載予定。主な作品に『極楽長屋』(MagGarden社)、『口入屋兇次』(集英社)など。ローマ日本文化会館で開催中(4月7日まで)の「マンガ・北斎・漫画―現代日本マンガから見た『北斎漫画』」展に出品。公式サイトURL:http://okdy.sakura.ne.jp

国芳イズム―歌川国芳とその系脈 武蔵野の洋画家 悳俊彦コレクション
会期:2016年2月19日~4月10日
会場:練馬区立美術館
住所:東京都練馬区貫井1-36-16
電話番号:03-3577-1821
開館時間:10:00〜18:00(入館は閉館30分前まで)
休館日:月休
入館料:一般 800円 / 大高生、65~74歳 600円 / 中学生以下および75歳以上(要証明証) 無料
URL:http://www.neribun.or.jp/museum/


ボストン美術館所蔵 俺たちの国芳 わたしの国貞
会期:2016年3月19日~6月5日 ※会期中無休
会場:Bunkamura ザ・ミュージアム
住所:東京都渋谷区道玄坂2-24-1
電話番号:03-5777-8600(ハローダイヤル)
開館時間:10:00~19:00 ※ 毎週金・土曜日は21:00まで(入館は閉館の30分前まで)
入館料:一般 1500円 / 大高生 1000円 / 中学生 700円
URL:http://www.ntv.co.jp/kunikuni/

マンガ家・崗田屋愉一さんと俺たちの国芳に会いに行く【後編】

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都内2か所の美術館で展覧会が開催され、幅広い年齢層の人気を獲得している浮世絵師・歌川国芳。国芳一門を描いたマンガ『ひらひら〜国芳一門浮世譚〜』(太田出版)と、若き日の国芳を描くマンガ『大江戸国芳よしづくし』(『週刊漫画ゴラク』連載中)の作者である崗田屋愉一(岡田屋鉄蔵)さんと国芳の魅力を探るコラムの後編です。(前編はこちら

「本物ギリギリ似せつつも記憶より美しい。その匙加減が国貞は絶妙だ」──ライバル国貞との関係

──3月19日発売の崗田屋さんのマンガ『口入屋兇次』(集英社)2巻の表紙は、主人公が国芳作品の浮世絵の人物に扮しています。Bunkamura ザ・ミュージアムの「俺たちの国芳 わたしの国貞」のメインビジュアルに起用されている《国芳もやう正札附現金男 野晒悟助(くによしもようしょうふだつきげんきんおとこ のざらしごすけ)》ですね。

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歌川国芳 国芳もやう正札附現金男 野晒悟助 1845頃 William Sturgis Bigelow Collection, 11.28900
Photograph © Museum of Fine Arts, Boston
「国芳もやう正札附現金男」のシリーズは、まさに男性向けのファッション誌。悟助の着物は猫が寄り集まった髑髏の柄になっている

 はい、表紙のイラストで、主人公の兇次に悟助のコスプレをさせました。猫のスカルっていう発想が奇抜ですよね。国芳は、男が考えるカッコイイのツボをしっかりつかんでると思います。紺屋の倅というだけあって、着物の配色も絶妙で。江戸男子にとってはたまらなかったでしょうね。その代わり、あまり女性受けはしなさそうな作品ですが......。

──まさに「俺たちの」という展覧会タイトルが象徴していると思います。Bunkamura ザ・ミュージアムの会場では、同じ門下の兄弟子である国貞の作品と並ぶことで、両者の特徴がよりわかりやすくなっていました。国貞に比べると、国芳の描く女性は、あまり色気がないですね。

 そうですね。国芳は弟子には好かれたけれど、女性にはあまりモテなかったんじゃないかな(笑)。たぶん、江戸の市中にいるサバサバした性格の女性が好みだったんでしょう。吉原に遊びに行っても、太夫(高級遊女)が相手だと「肩こっちまうなぁ」みたいな(笑)。逆に、国貞は、作品を見ていると、ハイソな女性が好きだったんだろうな、って思いますね。

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歌川国芳 初雪の戯遊 1847〜52頃 William Sturgis Bigelow Collection, 11.16077-9
Photograph © Museum of Fine Arts, Boston
裸足で雪遊びをするおてんばな江戸の女子たち。猫型の雪だるまといい、モデルはもしや、雪の日の国芳一門なのでは......

──当然、二人の浮世絵の需要層も違ってきますね。

 大衆の所有欲をくすぐったのは圧倒的に国貞だったでしょう。作品数も多く増刷を重ねて、一時代のスタイルを確立しています。ただ、国貞はこれぞという代表作が挙げづらいように思います。その点、国芳の作品は圧倒的に人の記憶に残ります。猫のスカルだとか、巨大な骸骨だとか。1点1点が印象に残るんです。奇抜なぶん、購買に結びつきづらいものもあったと思いますが。

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歌川国芳 相馬の古内裏に将門の姫君瀧夜叉妖術を以て味方を集むる大宅太郎光国妖怪を試さんと爰に来り竟に是を亡ぼす 1844頃 William Sturgis Bigelow Collection, 11.30468-70
Photograph © Museum of Fine Arts, Boston
一度見たら忘れられない国芳の巨大骸骨。江戸時代、この三枚続の浮世絵を買った人々は、どのようにして楽しんでいたのだろうか

 どちらが優れているというのではなく、二人はアプローチの仕方が違うんですよね。国芳は作家性の強いデザイナー、国貞はプロ意識の高いグラフィックデザイナーといえば良いでしょうか......。なんとなく国貞は、そうやって抑圧された欲望を春画で開花させているような節があるように思ってますけれど(笑)。

──確かに。今回の展覧会には出品されていませんが、国貞の春画は独特のフェティシズムを感じますよね。破天荒な浮世絵をおおっぴろげに描ける国芳が、どこかでうらやましかったのかも......。

 国貞は本当にスマートな人だったと思います。豊国の看板を背負っている責任感もあったでしょうし。周囲も国貞とは仕事がしやすかったでしょうね。他方、国芳の場合は、ニーズに応えられず、出版に至らずに終わったもの、出版されたけれどほとんど流通しなかった結果、現代に残っていない作品もかなり多いと思うんです。

──いろんなエピソードをうかがっていると、国芳はあまり融通が利かなさそうですよね。こだわりが強くて、版下が差し戻されるたびに、版元と喧嘩になっていそう(笑)。

 差し戻し......ありますよね......。今回の『大江戸国芳よしづくし』(以下、『よしづくし』)も10数ページ不採用になってます......。はい、あり得る話だと思います。タイムスリップして、国芳の家にボツ原稿を拾いに行きたいくらいです(笑)。

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『大江戸国芳よしづくし』より ©崗田屋愉一(日本文芸社)
なかなか売れなかった若き時代の国芳宅では、日の目を見なかった作品は猫たちの玩具になっていた、かも?

「面白がらねェと、何でもな」──心の底から楽しめる国芳の絵

──崗田屋さんは本当にいろんな資料を見ていらしゃるんですね。今日、お手元に持っていらっしゃるのは、自作の年表ですか?

 はい、私の虎の巻です。『ひらひら〜国芳一門浮世譚〜』(以下、『ひらひら』)のキャラクターごとに並列する年表をつくってあります。

──これはすごい。そういえば先日、ご自身のtwitterで『よしづくし』の時代考証について言及していらっしゃいましたよね。この時期には、実は七代目団十郎は「助六」を演じていない、と。

 歌舞伎ファンの方のチェックは怖いんですよ(笑)。以前、ある浮世絵の研究者にアポをとったとき「マンガや小説のような創作物は、私たちが一生懸命に追究した真実を曲げて世間に広めてしまうものだから、私とあなたの立場は相容れない」という風に言われたこともあります。

──メディアの影響力の功罪ですね。ただ、マンガや時代劇が原典や史実に即しているかという点にこだわってしまうと、江戸歌舞伎や浮世絵が持つパロディの精神やエンターテイメントの本質からは遠のいてしまうような気がします。

 特に国芳の作品については、知識や教養なしで楽しめるところが、当時はもちろん現代にまで広く愛されている所以だと思うんです。国芳の絵は、日本語を知らない海外の人でも楽しめます。それはやはり、江戸時代も後期になって、教養のある一部の文化人たちが楽しんでいた浮世絵が、もう一段下の階層にまで降りてきたということもあると思うんです。浮世絵を享受する層が広がって、誰もが理屈抜きで楽しめるものが求められるようになった。

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歌川国芳 荷宝蔵壁のむだ書(黄腰壁) 1848頃 William Sturgis Bigelow Collection, 11.27004
Photograph © Museum of Fine Arts, Boston
壁の落書きを浮世絵にするというアイディアで、当時出版規制がかかっていた役者絵を洒落っ気たっぷりに描いた国芳。コミカルな絵柄は自然と笑いを誘う

 国芳はちょうど幕末の血生臭い時代を迎える直前で亡くなるんですね。本当に、江戸が江戸であった一番最後の時代を飾った浮世絵師と言えると思います。国芳の弟子たちは明治時代を迎えるわけなんですけれど、価値観ががらっと変わって、粋な江戸の文化はどんどん失われていきました。国芳の作品には、最盛期の江戸の粋が詰まっていると思うんです。

「浮世の縮図を描けてなんぼの浮世絵師だもの。嬉しい楽しいだけじゃあない、辛い悲しいやるせない、その全部がアタシらの糧サ」──移ろう時代とともに

──では最後にうかがいます。4年前に開催された没後150年の「歌川国芳展」(森アーツセンターギャラリー、大阪市立美術館、静岡市美術館)以来、国芳人気がずっと続いているように思います。今の時代に国芳が受けている理由はなんだと思われますか?

 そうですね、みんなスカッとしたいんではないでしょうか。同じ浮世絵でも、広重の風景画のような作品をうっとりと眺めるだけの余裕は、今の日本の社会にはないんじゃないかと思います。先行きの見えない時代だから、思いっきり笑い転げたい、さっぱり忘れてしまいたい、そんな風に人々が思っているんじゃないでしょうか。

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歌川国芳 讃岐院眷属をして為朝をすくふ図 1851〜52頃 William Sturgis Bigelow Collection, 11.26999-7001
Photograph © Museum of Fine Arts, Boston
見る者をあっと驚かす大迫力の奇想天外な浮世絵を次々と世に送り出した国芳。彼の作品を見ていると「愉快」「痛快」そんな言葉が頭を過る

──『よしづくし』第4話で、七代目団十郎が国芳に言った言葉が印象的でした。「夢見さしてやんなよ。こんな世知辛え世の中なんだ。せめて絵ン中くれえ」と。まさに浮世絵は江戸の人々の憧れや夢を描いてきたものだと思います。ただ、国芳の時代の浮世絵が描いたのは、雲の上の、手の届かない夢ではないですね。時代が下るにつれて、人々が求める夢が変化しているのでしょうか。

 希望が持てない時代には、人は手の届かない夢よりも、身近でリアルなものを求めますよね。今はゆとりのない時代ですから、人は絵を見るときも、そこに高尚な芸術性より、庶民的な娯楽性を求めるのかもしれません。

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『大江戸国芳よしづくし』より ©崗田屋愉一(日本文芸社)
最愛の人を失う悲劇に見舞われながらも、歌舞伎役者の家に生まれた宿命を受け容れ、人々の「夢」のために凛然と舞台に立つ七代目団十郎。その姿に国芳はおおいに感銘を受ける

──そう考えると、日本の景気が上向けば、また別の浮世絵師の人気が上がるかもしれません。面白いですね。

 マンガもそうなんですけれど、隠れた名作っていっぱいあるんです。発表当時に認められなくても、時代が変わると評価される。それは、作品が劣っていたということではなくて、そのときの読者の嗜好に合わなかったという場合が多いんです。良い作品は、時代がそれを求めたときに必ず掘り起こされますから。

 国芳は生きているうちに見出され、同時代の人々の心をつかむことができた。時代が味方した、と言うより、彼が時代を味方につけた、と言うべきかもしれませんが。それが魅力的なんです。売れなかった国芳が梅屋とともに、いかにひとつの時代をつくったか、それを『よしづくし』では描けたらと思っています。

 ただ、時代がどうというだけでなく、国芳は己が楽しいと思うことを一心にやり続けた人なのだと思います。それが結果として、現代においても受け容れられている。私はマンガ家を10年やっていますが、最初の頃はやはり売れることを意識して、流行や人の意見に振り回されながらマンガを描いていました。でも『ひらひら』を描いて以降、自分が描きたいものしか描かないことにしたんです。

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『ひらひら~国芳一門浮世譚』より ©岡田屋鉄蔵(太田出版)
『ひらひら』最終話にて、15年に及ぶ復讐劇の呪縛からようやく解き放たれる伝八郎。国芳一門に温かく見守られ、歌川芳伝として新たな人生の一歩を踏み出す

 おかげさまで、今はそれで自分の描きたいものを描いて食べていけているので、これからも国芳師匠のように、自分の信念を貫いてマンガを描いていけたら幸せだなぁと(笑)。今年、岡田屋鉄蔵から崗田屋愉一に改名しましたが、これからも「愉しきことを一心に」という想いでマンガを描いてこうと思っています。

──『よしづくし』から、崗田屋さんの意志と気概が伝わってくるようです。国芳の浮世絵と崗田屋さんのマンガから、今を生きるポジティブなパワーをたくさんいただきました。本日はお忙しいなか、本当にありがとうございました。



PROFILE
おかだや・ゆいち 2007年『タンゴの男』(宙出版)でデビュー。2010年奇譚時代劇『千』(白泉社)発表後、時代劇ジャンルに活動の場を広げる。2011年、国芳一門を題材にした『ひらひら国芳一門浮世譚』(太田出版)を発表、文化庁メディア芸術祭推薦作品に選出される。現在、少年画報社ヤングキングアワーズ誌にて『無尽~MUJIN』連載中。『大江戸国芳よしづくし』の続編は今秋『週刊漫画ゴラク』に連載予定。主な作品に『極楽長屋』(MagGarden社)、『口入屋兇次』(集英社)など。ローマ日本文化会館で開催中(4月7日まで)の「マンガ・北斎・漫画―現代日本マンガから見た『北斎漫画』」展に出品。公式サイトURL:http://okdy.sakura.ne.jp

国芳イズム―歌川国芳とその系脈 武蔵野の洋画家 悳俊彦コレクション
会期:2016年2月19日~4月10日
会場:練馬区立美術館
住所:東京都練馬区貫井1-36-16
電話番号:03-3577-1821
開館時間:10:00〜18:00(入館は閉館30分前まで)
休館日:月休
入館料:一般 800円 / 大高生、65~74歳 600円 / 中学生以下および75歳以上(要証明証) 無料
URL:http://www.neribun.or.jp/museum/


ボストン美術館所蔵 俺たちの国芳 わたしの国貞
会期:2016年3月19日~6月5日 ※会期中無休
会場:Bunkamura ザ・ミュージアム
住所:東京都渋谷区道玄坂2-24-1
電話番号:03-5777-8600(ハローダイヤル)
開館時間:10:00~19:00 ※ 毎週金・土曜日は21:00まで(入館は閉館の30分前まで)
入館料:一般 1500円 / 大高生 1000円 / 中学生 700円
URL:http://www.ntv.co.jp/kunikuni/

透明と不透明の「半透明」な世界 ギャラリーαMで越野潤個展

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透明なアクリル板に不透明な黄色い塗料を着色することによって生み出す「半透明」な作品。シンプルな色の作品を使って空間をコラージュする展示を手掛けてきた越野潤の個展「Translucent/Surface」がギャラリーαM(東京)にて4月9日より開催される。本展は埼玉県立近代美術館主任学芸員の梅津元がゲスト・キュレーターとして企画する展覧会シリーズ「トランス/リアル - 非実体的美術の可能性」の第1弾となる。

 本展覧会シリーズは「トランス/リアル」をテーマとし、タイトルの一部である「トランス(trans)」という接頭語をそれぞれの展覧会名につけた、10作家7本の企画展によって構成される。

 武蔵野美術大学によって非営利目的で運営されているギャラリーαMは、現代美術作家の発見と育成を目指し、毎回ゲスト・キュレーターによって年間約5〜7件の展覧会を企画。越野潤の「Translucent/Surface」展が「トランス/リアル - 非実体的美術の可能性」の幕開けとなる。

 本展では、長方形型の透明なアクリルに不透明なシルクスクリーンで絵具を塗装した作品を壁に設置。「Translucent/Surface」の「Translucent」とは英語で「半透明」の意で、透明な支持体と不透明な塗料のかけ合わせによって、鑑賞者の視覚体験において半透明を成立させている。また、塗料に色彩を使用することによって、作品を光源に見立て、見えない光が行き渡る範囲を作品のテリトリーとし、展示空間における作品の存在感を最大限に引き出すことを試みている。

 越野潤は1967年大阪府生まれ。京都市立芸術大学大学院美術研究科修士課程を修了した後、関西を中心に活動し、これまでシンプルな色に着彩した作品を用いて、展示空間をコラージュする展示を手掛けてきた。

 ゲスト・キュレーターの梅津は越野の本作品について「透明な芸術世界と不透明な現実世界のインターフェイス」であると表現している。半透明な作品が放つ光の空間を、ギャラリーで体感してみてはいかがだろうか。

αM2016「トランス/リアル - 非実体的美術の可能性 Vol.1 越野潤」
会期:2016年4月9日~5月14日
会場:ギャラリーαM
住所:東京都千代田区東神田1-2-11アガタ竹澤ビルB1F
電話番号:03-5829-9109
開館時間:11:00〜19:00
休館日:日、月、祝
URL:http://gallery-alpham.com

期待のアーティストに聞く! 石川卓磨と「中間」としての写真

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1979年生まれの石川卓磨は、絵画や映画といった他のメディアの「中間領域」にあるものとしての写真に着目し、作品を制作している。2016年4月2日~5月1日、TALION GALLERY(東京・目白)で開催される個展「教えと伝わり/Lessons and Conveyance」では、新作の映像作品などを発表。「教える」プロセスを描くことを通じ、絵画と写真、映像の関係性を考える石川に、作品について聞いた。

絵画と映画の中間にあるもの

 街に点在するポスターや資料図版など、様々な情報に寄与する「写真」。作家の石川卓磨は、これらの写真は常に主体となる表現の周縁にあり、表現としての写真は「絵画と映画の中間領域にある」と言う。もともとはキャンバスと絵具からなる絵画表現を行っていた石川は、中間領域としての写真に可能性を見出し、映画のワンシーンを想起させる写真作品や、高速連写による写真からなる映像を発表してきた。

「写真で映像をつくるとはどういうことなのか。あらためて考えるようになりました」。そう話す石川は、連なりとして認識されるデジタル映像を、フィルムのようなコマ単位の区画へと解体。「数千ものフレームをつないだ"映像"には、初期映画を思わせる不安定なリズムが生じる。それを見るうち、何気ない所作がダンスのように見えることに気づきました」。

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「教えと伝わり」展示風景 Courtesy of TALION GALLERY

 TALION GALLERYにて42日より開催される個展では、3名の女性が登場する新作映像作品《教えと伝わり》を発表。3名は講師、デモンストレーター、聴講者を担い、私たちはひとつの「ダンス」がやりとりされる情景を見る。「伝達の段階で、各人が意図しない動作を見せることがある。情報を身体に入れた後の過程こそ面白く、見る者の想像を喚起させると思います」。

 他方、教える、教わるという構図はエドガー・ドガ《バレエのレッスン》をはじめ、西洋絵画で多く描かれてきたモチーフでもある。《教えと伝わり》の背景には、ある絵画のプロセスが潜む。「ダンスを完成させるまでの経過を、繰り返しデッサンするようにとらえていく。カメラや写真は、かつて絵画の可能性であったものを多く譲り受けているので、今はその部分を率直に追求してみたいと考えています」。

文=野路千晶
『美術手帖』2016年4月号「ART NAVI」より)

石川卓磨「教えと伝わり/Lessons and Conveyance」
会期:2016年4月2日~5月1日
会場:TALION GALLERY
住所:東京都豊島区目白2-2-1
電話番号:03-5927-9858
開館時間:11:00~19:00
休館日:月、火、祝日
URL:www.taliongallery.com

複製時代にオリジナルを辿る。荒木悠インタビュー

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荒木悠は思春期をアメリカのナッシュビルで過ごし、近所にあるパルテノン神殿の原寸大のレプリカを見て育った。横浜美術館で2016年4月3日まで開催されていた「荒木悠展 複製神殿」では、ナッシュビルとギリシャの首都アテネにある「パルテノン神殿」をテーマにした新作を発表した。いま「複製」の時代に、荒木悠が見出す「真正」とはいったい何か? 作品のために実際に訪れた外国でのエピソードとともに、作品制作について語ってもらった。

──まずは、今回のテーマに至った経緯など展覧会についてお聞かせください。

 小さい頃にアメリカのナッシュビルにある複製のパルテノン神殿の近くに住んでいて、神殿のある周りの公園でよく遊んでいました。神殿の室内は美術館になっていて、高校時代に初めてのグループ展をした場所がその地下の市民ギャラリーでした。今回の個展の下見で横浜美術館のアートギャラリーを見たとき、ナッシュビルのパルテノン神殿の地下ギャラリーとそっくりだと思いました。もちろん横浜美術館の建築そのものも神殿の地下ギャラリーを彷彿とさせるのもありますが、入ってすぐのシンメトリーのグランドギャラリーの雰囲気だったり、横浜美術館アートギャラリーとナッシュビルの神殿の地下ギャラリーの柱がよく似ていたり、横浜美術館とナッシュビルの神殿が重なって見えることがあり、そのときに「パルテノン神殿」が良い題材になるのではないかと思いました。言語の壁に悩んでいた高校生の頃は、学校で認めてもらいたいと得意だった美術に打ち込み、グループ展では自画像を発表しました。いま振り返ってみると、パルテノン神殿は自分自身のアーティストの起源だったと思います。だから、13年ぶりにパルテノン神殿をふたたび取り扱うということは、ある意味、自己模倣と言えるかもしれません。

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左は《Searching the Original》(2016)、右は《キャスティング・スタディーズ》の展示風景(2016) 撮影=山中慎太郎

 今回の展示は、横浜でパルテノン神殿を再現するイメージでインスタレーションを構成しました。会場に入ってすぐ投影されている映像は、ナッシュビルのパルテノン神殿のファサードで、そのファサードの反対側には異なるファサードの映像がありますが、これはスコットランドのエジンバラにあるスコットランド国立記念碑です。その奥には5つの画面による映像作品《キャスティング・スタディーズ》(2016)を配置し、それらは神殿の上部の装飾であるメトープを意識しています。

 当初はナッシュビルの複製とオリジナルの神殿を撮影し、表裏の2面スクリーンでそれぞれの映像を投影する予定でした。ナッシュビルで映像を撮り終え、アテネに向かったのですが、パルテノン神殿の撮影許可を得ることが困難を極めました。現地で頭を抱えていたときに、撮影のために滞在していたレジデンスのディレクターから、エジンバラにもパルテノン神殿の複製があると教えてもらいました。その神殿はナポレオン戦争の戦没者の記念碑として1820年代に着工しましたが、資金不足のため未完に終わり、「スコットランドの恥辱」と言われているそうです。いまだにファサードだけしか存在せず、書き割りのようであまり趣が感じられません。最終的にその滑稽な印象が功を奏して、この作品は予定よりも良い仕上がりとなりました。

 エジンバラも「北方のアテネ」と呼ばれており、ナッシュビルも知識人たちを集めて「南部のアテネ」にしようという動きがありました。アテネにあるオリジナルのパルテノン神殿は撮影することはできませんでしたが、結果的に南と北の「アテネ」同士を結ぶプロジェクトに帰着しました。

── 本展のメイン作品とも言える「オリジナルを探す」という題名の映像《Searching the Original》(2016)は、なぜパルテノン神殿に使われている大理石を探す旅の物語になったのでしょうか。

 実はわざわざアテネを訪れて、いよいよ本物のパルテノン神殿を見たとき、正直がっかりしてしまったんです。オリジナルへの期待が大きすぎたのかもしれません。ナッシュビルのレプリカと大きさがまったく同じですから、妙な既視感がありました。この作品の原作として使用したトーマス・マンの『幻滅』(1896)に「私はほうぼう歩き廻って、世界でも最も高名な場所を訪うたり、または人類が最大級の言葉とともに、そのまわりを躍り廻っているような芸術品を見に行ったりしたものです。その前に突っ立って、私は独りごとをいいました。──これはみごとなものだ。しかし、こうもいったのです。──だが、もっとみごとなものじゃないのか。これだけのことなのか」という記述があります。実物と対峙したときに想像と現実の落差に幻滅してしまうとは、まさにこのことだと思います。

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荒木悠 複製神殿コンセプトスケッチ 2015 デジタル・コラージュ © Yu Araki

 そこで、アテネのパルテノン神殿のオリジナルたるゆえんを、素材の大理石が採れた場所まで辿ることで明らかにしたいと思いました。アクロポリスの建造物は全部同じ山からの大理石で出来ているといわれていて、その石切場をみてみたいと思い、アテネ郊外にあるペンテリコン山まで行きました。しかしその場所がなかなか特定できず、何日もかかってしまったんです。ようやく辿り着いたら、たまたま洞窟の中でロック・バンドがミュージック・ビデオを撮影していたんですね。石(=rock)を探しにいったのに、まさかの音楽の方の「ロック」に出会った、という展開でした(笑)。

 それから考えたのは、絶対的なものに対する近代の憧れがオリジナルという概念を神格化してしまった、ということでもありますね。しかしその反面、オリジナルもコピーがないとオリジナルにはなれない。詩人で映画監督のジャン・コクトーはこう言っています。「An original artist is unable to copy. So he has only to copy in order to be original」と。逆説的なこの言葉はオリジナルとコピーの関係について的を得ていると思ったので、作品の冒頭に引用しました。

 そもそも日本における「藝術」という概念は西洋から輸入されてきたものであり、ギリシャに西洋美術の原点が残っているのであれば、この目で見ておきたいと思いましたが、これすらもつくられた歴史なのです。現在のギリシャ共和国は1829年にオスマン帝国から独立した比較的新しい国家です、ギリシャは長い歴史のなかで政治的に占領されたこともあって、アイデンティティ・クライシスを経験してきたと言えます。現代のギリシャは、いわゆる古代ギリシアとまったく別のものですが、だからこそあえて我こそ古代ギリシア人の子孫であると主張せざるを得ないように見えたのも本音です。

 アテネで1896年に開催された第1回近代オリンピックのために改装されたスタジアムを見ても、古代オリンピックを積極的に模倣して、現代において神話をふたたびつくりあげているようでした。だから、「authenticity(真正であること)」を追究して由来や起源を調べていくと、意外にも恣意的だったりします。でも私はつくられていく伝統というものにとても興味を持ったんです。

──《Fig.》(2016)では、ナッシュビルでともに暮らした家族の末っ子、ルーカスの幼い頃の写真と類似するポーズの古代ギリシア・ローマ時代の彫刻のスライドを交互にプロジェクターで投影しています。なぜ両者を併置したのでしょうか?

 ルーカスとは年齢はひと回りほど離れていますが、小さい頃から兄弟のように育ちました。しかし血のつながった家族ではなく、私はアメリカと日本を行き来していたこともあって、アルバムを見ていると僕の知らないルーカスもいて彼との断絶の時間があることを実感したわけです。

 同じことが古代ギリシア彫刻にも当てはまるのではないかと思いました。現代の私たちは古代ギリシア彫刻を断片でしか見ることができません。だから、私の知らないルーカスも古代ギリシア彫刻も、私にとっては同等とも言えるのです。タイトルの《Fig.》というのも、展覧会のカタログなどで使われる図版、人物、形象といった意味があります。写真も彫刻も、あえて並置させ、本来まったく関係ないにもかかわらず類似しているように見せる構造にしています。

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荒木悠 Searching the Original 2016 HDビデオ © Yu Araki

 また、ルーカスがきっかけで《Searching the Original》を制作しました。久しぶりにアメリカに帰ったとき、空港に迎えにきてくれた彼は、身長が伸びて8頭身くらいで、ポリュクレイトスのいう抜群の「カノン」を想わせました。あるとき彼がソファでくつろいでいる姿が葡萄と豊穣の神として知られるディオニュソス像の彫像と重なり、その姿を見せたいがためにストーリーを考えたと言っても良いくらいです。

── パンをつくったり、キャンバスを貼る人の手元を映した5面の映像作品《キャスティング・スタディーズ》のタイトルの一部である「キャスティング(=casting)」とは英語で「配役」と「型取り」の意味があって、ダブル・ミーニング的に用いられています。荒木さんにとって言葉は、作品を制作するうえで、どのような位置付けにありますか?

 若い頃に長い間アメリカで住んでいましたが、初めの頃は母国語も外国語もどっちつかずという言葉の壁に葛藤していました。また、今は通訳の仕事もしていて、それらの経験をもとに言葉からの連想によって作品を発想することはあります。通訳の仕事では、正しく伝達するため精度の高い翻訳を心がけているのですが、つい間違えて誤訳してしまうこともあります。しかし一方で作家としての自分は、思いもよらなかったものがつながりあう言葉の飛躍の可能性を感じておもしろいと思ってしまいます。

 私は何かを手順通りに行うのがもともと苦手なんです。手順が重要な彫刻を大学の学部では専攻していたのですが、向いていないと感じ、映像を制作するようになりました。子どもの頃も、プラモデルでさえも説明書通りにうまくつくれませんでした。しかし、好きなようにパーツをつなげ、最後に見たことのないかたちが出来上がることに魅力を感じました。言葉もいろいろな意味を含有し、さまざまにぶつかり合う球体だと思っています。それを無理やりくっつけることによって、新たな意味が生まれる。その点は映像のモンタージュととてもよく似ていますね。

──現代はデジタルな写真や映像があふれる複製の時代といえます。複製は個展のメインテーマでもありますが、複製から読み取れる、あるいは起源を辿ることによって明らかになる真正についてどのようにお考えですか?

 私が複製に興味を持ったのは、自分自身も「ニセモノ」ではないかと感じることがあるからです。僕は日本とアメリカの2か国間で育ったので、それぞれの文化圏で振る舞い方が異なる自分は分裂しているようで、まるで二重人格のように感じることがあります。その分裂しているイメージが鍵となり、この展覧会のために撮影したアーティストインタビューでは、英語で答えている自分の映像に、後から自分で日本語の吹き替えをしました。吹き替えしてみると自分で自分の言葉を信じられないという違和感に気づき、その気持ち悪さこそ自覚しながら、そのまま提示する試みとなりました。

 自分のアーティスト像についても、どこかつくられたものであって、自分で自分を模倣しているのではないかと思うことがあります。僕が制作している映像作品はすべてパソコンのなかで完結してしまうので、本当にものをつくっているのだろうかと、たまに不安になることがあります。だからこそ物事の由来や起源を知りたくなるのかもしれません。今回は、「authenticity(真正であること)」の拠りどころであるパルテノン神殿の真正性をあえて問い直してみたいと思いました。古代ギリシア様式は時代のニーズに合わせてたびたび引用されており、ナッシュビルやエジンバラの神殿もその一例です。

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荒木悠 ペーネロペーの手 2015 HDビデオ © Yu Araki

 《キャスティング・スタディーズ》で撮影している、手を動かして何かを生み出している被写体の5人は、ものをつくることのできない僕にとっての憧れの存在です。彼らの体得している仕草や手つきは、絶対に演技では出せないような表情をしています。彼らが繰り返しているのは彼らにとっての日常行為ではあるのですが、その行為を繰り返すことに真正のヒントがあるのではないか。5画面の1つ《ペーネロペーの手》(2015)では、女性が手の鋳型をつくっていますが、僕は手の像そのものよりも、作品に至る前の型をつくる方に、その純粋に打ち込んでいる姿に崇高さを見出してしまいました。真正を探し求め撮影を続けていたのですが、結果的に何かをつくる人物の手元をカメラに収めているときにさまざまな発見がありました。

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© Yu Araki

  いつも海外で作品を制作するときは、先入観にとらわれないよう事前にリサーチをあえてせず、現地で自分が気になった事柄に反応できるようにしています。情報があふれる現代では調べれば調べるほど、何を信じたらいいのかわからなくなってしまいますから。だからこそ、自分の目で見て感じることが重要だと思っています。とはいえ、たびたび思い描いたものには辿り着けない現実を突きつけられます。しかし、その現実でさえ、自ら足を運んでしか知ることができません。《複製神殿》では2つの神殿の周りを私が延々と走ることによって、パルテノン神殿のオリジナルと複製をめぐって、自分が堂々めぐりしている様子を表現しています。逆説的ですが、辿り着けないとは知りつつも「authenticity(真正であること)」を目指さずにはいられないのです。

PROFILE
あらき・ゆう 1985年山形県生まれ。2007年にワシントン大学美術学部彫刻専攻卒業。2010年に東京藝術大学大学院映像研究科メディア映像専攻修士課程修了。これまでアジアや欧米各地に滞在し、映像作品を制作してきた。近年の個展は「WRONG TRANSLATION」(2014、東京)など。2015年より、Art Translators Collectiveメンバーを務め、グループ展「囚われ、脱獄、囚われ、脱獄」(2016年3月19日〜4月30日)では、自身初となるキュレーションを手掛けている。http://yuaraki.com

New Artist Picks「荒木悠展 複製神殿」
会期:2016年2月26日~4月3日
会場:横浜美術館  アートギャラリー1/Café小倉山
住所:神奈川県横浜市西区みなとみらい3丁目4番1号
電話番号:045-221-0300(代表)
開館時間:アートギャラリー1、11:00~18:00/Café小倉山、10:45〜18:00(入場は17:45)
休館日:木休
入館料:無料
URL:http://yokohama.art.museum

国立競技場─試験問題としてのコンペ、意匠における類似性の根拠

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2015年7月、2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会のメインスタジアムとなる新国立競技場の総工費が2520億円に膨らみ、 安倍首相が白紙撤回を宣言した。そして工事費を1550億円以下とした縮小計画が決定され、同年9月に設計・施工の一括公募が行われた。 12月にA、Bの2案から選定されたのは、隈研吾デザインによるA案(大成建設・梓設計・隈研吾建築都市設計事務所 共同企業体)。もう一方のB案は、伊東豊雄によるもの(竹中工務店・清水建設・大林組)だった。2016年2月17日発売の「美術手帖 2016年3月号」より、NEWS「新国立競技場 隈研吾に決定」を紹介する。

 新国立競技場をめぐっては、コンペの仕組みやデザイン監修者の位置づけなど、これまで等閑視されてきた建築の制度が抱える問題が噴出した。隈案採用決定後も、ザハ・ハディド側から主に観客席の配置や構造が著作権侵害にあたるとの声明が出され、今後どのような展開を見せるか予断を許さない状態が続いている。

 そうは言うものの、オリンピックのエンブレム問題に比べると、ザハ案と隈案の類似性に関して、今のところマスコミや世論もそれほど騒ぎ立てていない。その要因のひとつに、一般の人から見た建築のデザインの類似性は、あくまで建物の表層やかたちが似ているかどうかという視覚的水準で判断されることが多い点が挙げられる。新国立競技場の再コンペの場合、テレビの街頭インタビューやインターネットの意識調査では、外観パースの絵のみが繰り返し示され、その絵に 対して隈案(A案)と伊東案(B案)のどちらがよいかの印象を答えるかたちになっていた。1枚の絵に還元されると、ザハ案と隈案は似ているとは言い難くなる。

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隈研吾デザインによる、新国立競技場整備事業プラン(大成建設・梓建設・隈研吾建築都市設計事務所共同企業体作成)

 ここからはザハ案と隈案の類似性ではなく、隈案と伊東案が似てしまったことの問題について考えてみたい。建築の専門的な見地からはもちろん、スポーツ新聞でも「五重塔 vs 御柱」(『スポーツニッポン』2015年12月15日)、「法隆寺 vs 縄文遺跡」(『日刊スポーツ』同上)などと報じられたほど、双方に違いはある。

 しかし、1度目のコンペの応募48案に見られたコンセプトや形態の多種多様さに比べれば、隈案と伊東案の2案ともに、甲乙つけがたい、どちらも大差がないと感じた人たちが多かったのではないか。実際、隈案と伊東案ともに、「杜のスタジアム」というコンセプトが偶然にも一致していた。再コンペでは、新国立競技場の基本理念のひとつに、「周辺環境等との調和や日本らしさ」が掲げられ、「日本の気候・風土、伝統を踏まえた木材利用の方策」が配慮すべき事項として設定されたことが大きい。

 世界的に活躍する建築家をもってしても一定の類似性が見られた所以を、試験問題に例えるならば、次のように言えるだろう。 ザハ案が選ばれた1度目のコンペは、自由記述式だったのに対して、再コンペは、選択式や正誤式だったと。自由記述式の1度目のコンペは、解釈の幅が広く、解答する建築家の独創性が際立つ。それに対して、選択式や正誤式の再コンペでは、2020年のオリンピックに間に合わせるため、工期や予算の制限のなか、観客席、屋根などの性能(スペック)のほか、特に配慮すべき事項などが要綱に細かく定められていた。建築家の独創性よりも、諸項目を正しく理解しているか、守れる(◯)か守れない(×)かを確認するための踏み絵のような設問が数多く用意されていたわけである。

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伊東豊雄デザイン案(伊東豊雄建築設計事務所・日本設計・竹中工務店・清水建設・大林組共同企業体作成)

 再コンペの審査では、事業工費の縮減と工期短縮のコスト・工期に関わる項目が、建築計画や構造計画などの施設計画に関わる項目の3倍の配点になっていた。コスト・工期という数字で示すことができ、誰にでもわかりやすい項目に一番の重きが置かれていたのである。

 ザハ案の白紙撤回をめぐっても、工費が2520億円を超すという数字が世論を大きく動かした。数字に還元されない意匠や施設計画の絵になりにくい部分に関してどう合意を調達していくかは大きな課題として残されたままである。

 そもそも新国立競技場の一連の問題をめぐっては、建築家側の設計の是非の前に、発注者側の事業計画や制度設計に問題があったことは否めない。 コンペで優れた答えを導き出すためには、より入念に練られた、深く広い問いの試験問題を作成しなければならない。

◉隈研吾案決定までの経緯と世論
再コンペ公募開始後、隈案(A案)と伊東案(B案)の2案から隈案採用決定までの期間は、わずか約3か月だった。 隈案は軒庇の水平性を強調した「広く市民に開かれた"木と緑のスタジアム"」、伊東案は「純木製の列柱に浮かぶ白磁のスタジアム」をコンセプトのひとつに据えた。 技術提案等審査委員会の審査結果の合計点は、隈案610点、伊東案602点。内訳は、業務の実施方針112点、104点。コスト・工期252点、228点。施設計画246点、270点。施設計画では、伊東案が上回った。 Yahoo! JAPANの意識調査「新国立競技場イメージ図案2案、どちらが良い?」(2015年12月14日~24日、合計18万984票)では、 A案48.8%、B案38.8%、その他/わからない12.4%と、隈案が上回った。建築界では、1950年代の伝統論争になぞらえ、弥生 vs 縄文とする指摘も散見された。

[文=南後由和(社会学)]

新国立競技場をめぐる、建築の制度が抱える課題

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2015年7月、2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会のメインスタジアムとなる新国立競技場の総工費が2520億円に膨らみ、 安倍首相が白紙撤回を宣言した。そして工事費を1550億円以下とした縮小計画が決定され、同年9月に設計・施工の一括公募が行われた。 12月にA、Bの2案から選定されたのは、隈研吾デザインによるA案(大成建設・梓設計・隈研吾建築都市設計事務所 共同企業体)。もう一方のB案は、伊東豊雄によるもの(竹中工務店・清水建設・大林組)だった。2016年2月17日発売の「美術手帖 2016年3月号」より、NEWS「新国立競技場 隈研吾に決定」を紹介する。

新国立競技場──試験問題としてのコンペ、意匠における「類似性」の根拠
南後由和(社会学)=文

 新国立競技場をめぐっては、コンペの仕組みやデザイン監修者の位置づけなど、これまで等閑視されてきた建築の制度が抱える問題が噴出した。隈案採用決定後も、ザハ・ハディド側から主に観客席の配置や構造が著作権侵害にあたるとの声明が出され、今後どのような展開を見せるか予断を許さない状態が続いている。

 そうは言うものの、オリンピックのエンブレム問題に比べると、ザハ案と隈案の類似性に関して、今のところマスコミや世論もそれほど騒ぎ立てていない。その要因のひとつに、一般の人から見た建築のデザインの類似性は、あくまで建物の表層やかたちが似ているかどうかという視覚的水準で判断されることが多い点が挙げられる。新国立競技場の再コンペの場合、テレビの街頭インタビューやインターネットの意識調査では、外観パースの絵のみが繰り返し示され、その絵に 対して隈案(A案)と伊東案(B案)のどちらがよいかの印象を答えるかたちになっていた。1枚の絵に還元されると、ザハ案と隈案は似ているとは言い難くなる。

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隈研吾デザインによる、新国立競技場整備事業プラン(大成建設・梓建設・隈研吾建築都市設計事務所共同企業体作成)

 ここからはザハ案と隈案の類似性ではなく、隈案と伊東案が似てしまったことの問題について考えてみたい。建築の専門的な見地からはもちろん、スポーツ新聞でも「五重塔 vs 御柱」(『スポーツニッポン』2015年12月15日)、「法隆寺 vs 縄文遺跡」(『日刊スポーツ』同上)などと報じられたほど、双方に違いはある。

 しかし、1度目のコンペの応募48案に見られたコンセプトや形態の多種多様さに比べれば、隈案と伊東案の2案ともに、甲乙つけがたい、どちらも大差がないと感じた人たちが多かったのではないか。実際、隈案と伊東案ともに、「杜のスタジアム」というコンセプトが偶然にも一致していた。再コンペでは、新国立競技場の基本理念のひとつに、「周辺環境等との調和や日本らしさ」が掲げられ、「日本の気候・風土、伝統を踏まえた木材利用の方策」が配慮すべき事項として設定されたことが大きい。

 世界的に活躍する建築家をもってしても一定の類似性が見られた所以を、試験問題に例えるならば、次のように言えるだろう。 ザハ案が選ばれた1度目のコンペは、自由記述式だったのに対して、再コンペは、選択式や正誤式だったと。自由記述式の1度目のコンペは、解釈の幅が広く、解答する建築家の独創性が際立つ。それに対して、選択式や正誤式の再コンペでは、2020年のオリンピックに間に合わせるため、工期や予算の制限のなか、観客席、屋根などの性能(スペック)のほか、特に配慮すべき事項などが要綱に細かく定められていた。建築家の独創性よりも、諸項目を正しく理解しているか、守れる(◯)か守れない(×)かを確認するための踏み絵のような設問が数多く用意されていたわけである。

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伊東豊雄デザイン案(伊東豊雄建築設計事務所・日本設計・竹中工務店・清水建設・大林組共同企業体作成)

 再コンペの審査では、事業工費の縮減と工期短縮のコスト・工期に関わる項目が、建築計画や構造計画などの施設計画に関わる項目の3倍の配点になっていた。コスト・工期という数字で示すことができ、誰にでもわかりやすい項目に一番の重きが置かれていたのである。

 ザハ案の白紙撤回をめぐっても、工費が2520億円を超すという数字が世論を大きく動かした。数字に還元されない意匠や施設計画の絵になりにくい部分に関してどう合意を調達していくかは大きな課題として残されたままである。

 そもそも新国立競技場の一連の問題をめぐっては、建築家側の設計の是非の前に、発注者側の事業計画や制度設計に問題があったことは否めない。 コンペで優れた答えを導き出すためには、より入念に練られた、深く広い問いの試験問題を作成しなければならない。

◉隈研吾案決定までの経緯と世論
再コンペ公募開始後、隈案(A案)と伊東案(B案)の2案から隈案採用決定までの期間は、わずか約3か月だった。 隈案は軒庇の水平性を強調した「広く市民に開かれた"木と緑のスタジアム"」、伊東案は「純木製の列柱に浮かぶ白磁のスタジアム」をコンセプトのひとつに据えた。 技術提案等審査委員会の審査結果の合計点は、隈案610点、伊東案602点。内訳は、業務の実施方針112点、104点。コスト・工期252点、228点。施設計画246点、270点。施設計画では、伊東案が上回った。 Yahoo! JAPANの意識調査「新国立競技場イメージ図案2案、どちらが良い?」(2015年12月14日~24日、合計18万984票)では、 A案48.8%、B案38.8%、その他/わからない12.4%と、隈案が上回った。建築界では、1950年代の伝統論争になぞらえ、弥生 vs 縄文とする指摘も散見された。

[南後由和(社会学)=文]

村上華子が「オートクローム」に着想を得た新作個展を開催

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写真の古典技法や活版印刷術といった過去の複製技術に焦点をあて、緻密なリサーチに基づいて作品を制作するアーティスト、村上華子の個展が、タカ・イシイギャラリー(東京・北参道)にて開催中。黎明期のカラー写真であるオートクロームから着想を得た新作が展示されている。

 写真を「人間の網膜に写し出された光景、断片を物質化したもの」ととらえる村上華子は、パリを拠点に作品を制作してきた。新作のテーマに選んだのは、最初期のカラー写真の技法である「オートクローム」だ。

 村上は、オートクロームに用いられた、赤・青・緑に着色したジャガイモのデンプンの粒子と、ポスト印象主義の点描画、デジタル画像のピクセル、網膜の視覚細胞に親和性を見出したという。本展では、古いオートクロームの乾板を網膜のアナロジーととらえて制作された新作《ANTICAMERA (OF THE EYE) #P》などが展示される。

 会期は4月9日〜5月7日。初日には、作家本人が来日してのオープニング・レセプションも開催される。

村上華子「ANTICAMERA (OF THE EYE)」
会期:2016年4月9日~5月7日
会場:タカ・イシイギャラリー
住所:東京都渋谷区千駄ヶ谷3-10-11 B1階
電話番号:03-6434-7010
開館時間:11:00~19:00
休館日:月、日、祝
URL:http://www.takaishiigallery.com/jp/archives/14101/


【関連イベント】オープニングレセプション
日時:2016年4月9日 18:00〜20:00
会場:タカ・イシイギャラリー

アジカンと建築家・光嶋裕介がライブで築く、五感を通した一体感

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 ロックバンド・ASIAN KUNG-FU GENERATION(以下、アジカン)が、ニューアルバム『Wonder Future』を2015年5月にリリース、7月から全国30公演を巡るホールツアー「ASIAN KUNG-FU GENERATION Tour 2015 Wonder Future」を展開した。このステージセットとドローイングを担当したのが、思想家の内田樹(うちだ・たつる)の自宅兼道場「凱風館」を設計するなど、個性的な活動で知られる建築家・光嶋裕介だ。


 このライブの模様が収められた「映像作品集12巻 ~Tour 2015 Wonder Future~」とシングル「Re:Re:」の発売を記念して、2016年3月8〜21日まで、タワーレコード渋谷店8階の「SpaceHACHIKAI」にて「ASIAN KUNG-FU GENERATION×TOWER RECORDS "Wonder Future"展」と題した特別展示を開催。日本、ヨーロッパ、南米ツアーのライブ写真や、光嶋による「幻想都市風景」をモチーフにしたドローイングとステージ模型、そして衣装などが展示された。


 会期中の3月16日には、アジカンの後藤正文(vo&g)、伊地知潔(いぢち・きよし、ds)、そして光嶋によるトークイベントが行われた。ミュージシャンと建築家がコラボに至った経緯、お互いのどこに惹かれ、どのようにステージをつくりあげていったのか......。ライブという「総合芸術」の可能性について話を聞いた。【PR】

音楽という、形のない建築の設計に挑む

──まず、今回のアジカンと光嶋さんのコラボレーションは、どんなきっかけから生まれたのでしょうか。

後藤:東日本大震災後に編集長として僕が始めた新聞『THE FUTURE TIMES』の7号で、建築家の藤村龍至さんにインタビューをしたときに、コンペ用の模型を見せてもらいました。そのとき「建築模型の中で歌ってみたい」という発想が生まれて、いつか建築家に頼みたいと思っていたんです。

 光嶋さんと初めて会ったのは、内田樹先生とのつながりが縁で対談させてもらったときです。そのあと、光嶋さんのドローイング作品集『幻想都市風景』(羽鳥書店、2012年)の展覧会「光嶋裕介新作展─幻想都市風景」(2014年、ときの忘れもの・東京)を見に行きました。絵も描くなんて普通の建築家とはひと味もふた味も違う。面白いものをつくってくれそうだと感じました。

光嶋:僕は、いつもは建築が長く生き残ってほしいと願って設計しています。30公演、各3時間と考えても合計90時間しか、今回の舞台は生きている時間がない。最初はそれが悲しくて(笑)。でもちょっと待てよと。5年前に設計した「凱風館」は、5年間で何人がその空間を体感したかといえば、1回の公演に2000人近く集い、30公演では6万人にもなるライブ・ツアーには到底およばない。それに音楽という形のないものに形を与えることは、スリリングだと思うようになりました。

──ライブステージでは、真っ白な立方体を並べ、ドローイングなどさまざまなモチーフをプロジェクションマッピングで映し出していました。こういったプランやアイデアは、どのように出てきたのでしょうか。

後藤:ステージの「架空の街」というコンセプトは、『Wonder Future』をつくっているときからありました。どこの街かわからないからこそ、不特定多数の現実ともつながることができる。そういう抽象性を表現したかった。光嶋さんの「幻想都市風景」展を見て、そこに描かれている街をそのまま現実空間に出してもらえばいいんだと思ったんです。

『Wonder Future』のアルバム・ジャケットを真っ白にすることは、メンバーと話すなかで早くに決まっていました。ツアーの世界観も連動させたほうがいいと思い、「ライブが終わったら、お客さんそれぞれが音楽の中の街を住んでいる街に持ち帰ってもらいたい。そして最後に真っ白い模型だけがステージに残って......」というイメージを光嶋さんに伝えましたね。

光嶋:最初は怖かったですよ。ステージセットを見て、熱狂的なファンに「アジカンの世界観と違う」と言われたらどうしようかと。デビューアルバムから一曲残らず猛勉強すべきなのかと悩みました。でも早い段階で切り替えて、『Wonder Future』の音源だけをひたすら聞き込んで絵を描き始めました。あえて歌詞は聞かないようにした。「月」という歌詞が出てきたら「月」を描いてしまいそうで(笑)。つまり音楽とドローイングの距離感がむしろ大切で、寄り添いすぎるとそれを追いかけてしまい、PVのようになってしまうと思った。相乗効果を生むためには逆に距離感が必要だと気づいて、少し気が楽になりました。

「架空の街で歌いたい」と後藤さんに言われたとき、ビートルズがアップル社の屋上で行った「ルーフトップ・コンサート」(1969年)のシーンが頭に浮かんできました。ビートルズはひとつのビルの屋上で演奏しましたが、一人ひとりに建物を与えたらどうなるだろう。抽象化された白い複数の屋上、それをプロジェクションマッピングで七変化させていったら面白いんじゃないか。そうイメージして、メンバーに最初にプランを見せたときはドキドキでした。

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ホールツアー「ASIAN KUNG-FU GENERATION Tour 2015 Wonder Future」のために光嶋が描き下ろしたドローイング

様々なノウハウが結集して実現した、五感のステージ

──伊地知さんは、プランを見た第一印象はいかがでしたか。

伊地知:模型を見せてもらったのは『Wonder Future』のレコーディングに出かける直前でしたよね。光嶋さんは本当によく『Wonder Future』を聞き込んでくれて、アジカンの演奏がどうやったらお客さんにいちばんよく見えるか、ということに徹していました。初めて模型を見たときも、たくさんの検討を重ねてこの形に行き着いたことが伝わってきた。こんなステージで演奏するんだ、と思いながら、レコーディングするためにシアトルに飛びました。そのあいだ光嶋さんがステージ設計を進めてくれました。

光嶋:音響、照明、プロジェクションマッピングと、いろいろなチームがあり、「大きすぎると反響するから壁をもうすこし小さく」とか「メンバーの目線が合わないから、ステージを前に出そう」といったプロの声を、すべて取り込んでいきました。僕だけがライブステージ未経験のアウトサイダーなのに、情報を共有してくれたのでデザインの精度が上がっていきました。

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ライブ「ASIAN KUNG-FU GENERATION Tour 2015 Wonder Future」の様子。ビルのように立ち並んだ白い立方体に、プロジェクションマッピングで光嶋のドローイングが投影されている

──実際に演奏してみて、どんなふうに思いましたか。

伊地知:空気の振動があまり伝わらなかった。置くとセットに絵がうまく映らないので、黒いアンプを裏に隠していたせいです(笑)。

後藤:音は耳だけでなく背中で感じるものだし、僕らはロック少年なので、アンプで馬鹿デカい音を出してギュイーンとやりたい。今回は、最初の3曲目までプロジェクションマッピングと演奏を同期させているので、メンバーの緊張感がバリバリでした。みんなをリラックスさせようと伊地知のほうを見ると、目つぶってて。

伊地知:照明がまぶしかった(笑)。今回はいつもと違う環境で演奏しないといけないから、リハーサルにも時間をかけましたね。

後藤:慣れるにしたがって、同期しているときの緊張感が楽しみに変わってきて。バシッと決まったときは気持ちいい。ツアー始まってからチケットがどんどん売れていったのは、面白いことやっている、という評判が伝わったからじゃないかな。

光嶋:僕は30公演中10公演くらい見に行ったのですが、最後の沖縄公演のとき、同じ曲をずっと聞いているはずなのに、毎回何が違うのだろうと考えてみたんです。それは、2000人がひとつになる一体感の感触がその都度違うと。アジカンのつくる3時間のエンターテインメントが、一期一会なんです。聴覚や視覚といった五感が相乗効果でピタッと合った瞬間、ステージを見ながら「メンバーのいるあっち側に行きたい!」と心から願った。プレイヤーと観客の「見る、見られる」関係がなくなる一体感をつくれるなんて、設計段階ではわかりませんでした。

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ライブ「ASIAN KUNG-FU GENERATION Tour 2015 Wonder Future」の様子。聴覚や視覚、演奏者、観客が同居することで、ライブの一体感がつくられる

様々なエネルギーが同居した"一体感"

──他ジャンルとのコラボを経て、ライブに総合芸術としての可能性を感じましたか。

後藤:「芸術だ!」と大風呂敷を広げても、結果鳴らすのはロックだし、ポップミュージックだから、仰々しくなりようがない。美術展を見に行っていちばん気になるのは、説明やキャプションが多いこと。言葉がいたるところにある。音楽は、言葉をいったんおいて表現できるところがいいんです。ライブの現場で演奏するときは、徹頭徹尾、音楽でしかない。

光嶋:なるほど。それは、僕が今回学んだことかもしれない。

後藤:そこでは音楽がコンバーター、つまり変換器なんです。僕たちが話し合って用意したいろいろな思いを一度音楽に変換して、エモーショナルなものとしてバチーンと鳴らす。聞いた人は、それを別言語にして持ち帰る。そこにいる人間が呼吸した空気も一緒に鳴らしているわけで、あの一体感づくりは共犯関係なんですね。

光嶋:『Wonder Future』って「驚くべき未来」という意味じゃないですか。観客の2000人は、みんな見ている席も違うし、それぞれが少しずつ違う体験をしている。そして「違っていい」とアジカンは歌う。「君だけの『Wonder Future』を見つけてください」と。何かを排除しながら統一感をつくるのは楽なんです。むしろ、いろいろなものを同居させるほうが難しい。組み合わせは無数にあるなかで、雑多なものを同居させる力、排除しない力ってなんだろう。きっとものづくりは、排除することで研ぎ澄まされていくのではなく、プラスしながら純化していく、常に両義的なことの連続なんですね。

──今回の経験を通して、発見したことや次につなげたいことはありますか?

後藤:ライブはみんなでつくったものだから、客観視するのは難しい。音楽をつくるときも同じで、こういう結果を出したい、と思ってやっているわけではない。制作の狙いはあるけど、ライブでもっと広がるだろうし、変わるだろうし。

伊地知:新しいことをやっているという実感はありましたね。音楽は、耳で聞くだけのものじゃない。もちろんスタジオで録ったサウンドは素晴らしいですけど、ライブでは、同じ演奏でも別のエネルギーが出てくる。

光嶋:この『Wonder Future』の経験が何になるか、アジカンから届いた贈り物の正体はまだわからない。ただ、新しい風景が見えるようになったと感じています。もう少し時間がかかっても、それが今後のアジカンのどんな姿として複合的に現れるのか、そこが設計者としてはいちばん知りたいし、楽しみです。

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タワーレコード渋谷店8階の「SpaceHACHIKAI」で行われたトークイベントの様子

文=永峰美佳

ASIAN KUNG-FU GENERATION
DVD「映像作品集12巻 ~Tour 2015 Wonder Future~」
発売日:2016年3月16日
価格:5300円(税抜き)
ASIAN KUNG-FU GENERATIONの2年半ぶりとなるライブDVD。2015年に全国30公演で行われたツアー「Wonder Future」の模様を収録している。ブルーレイ(6000円、税抜き)も同時発売。
URL:http://www.asiankung-fu.com/

細密画で「見ること」を考える 田嶋徹の静物画展

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細密描写の静物画を手掛ける田嶋徹の個展が、髙島屋(日本橋店、新宿店)にて開催される。水彩絵具を使い、独自の画法でモチーフを克明に表現してきた作家が、新作約10点を発表する。

 1989年に美学校細密画教場を修了し、現在は同校で講師を務める田嶋徹は、90年代より個展を中心に細密描写による絵画作品を発表してきた。写真と見まごうような静物画は、博物画やボタニカルアートに通じる独自の画法により、水彩絵具で描かれたもの。余白を大胆に使い、長時間にわたるストイックな描き込みで、対象を緻密に再現する。

 田嶋は、私たちが「見ている」像を、目に映ったものそのままではない「つくり出されたもの」ととらえ、それを絵画として再現することを目指す。「いま見ている像と、紙の上に写されつつあるものとを擦り合わせ、出来あがった絵を見て初めて何を見ていたかを知る」と述べる田嶋にとって、細密画を描くことは、「見ること」について探求する作業でもあるのだ。

「枯れ果てたものや自然の持っている無作為なかたちに惹かれる」という作家が本展で発表するのは、バラや菊の花などをモチーフとした新作約10点。展覧会は、4月〜5月は髙島屋日本橋店、6月には同新宿店にて開催される。

静物 田嶋 徹
【東京展】
会期:2016年4月13日〜5月2日
会場:髙島屋日本橋店6階美術画廊X
住所:東京都中央区日本橋2-4-1
電話番号:03-3211-4111(代表)
開館時間:10:30〜19:30
休館日:無休

【新宿展】
会期:2016年6月1日〜6月13日
会場:髙島屋 新宿店10階美術画廊
住所:東京都渋谷区千駄ヶ谷5-24-2
電話番号:03-5361-1111(代表)
開館時間:10:00〜20:00(6月3日、4日、10日、11日は20:30まで。最終日は16:00まで)
休館日:無休
URL:http://www.takashimaya.co.jp/

 『美術手帖』2012年10月号の「超絶技巧!!」特集を書籍化した『超絶技巧美術館』(美術出版社)でも、細密画家・田嶋徹を紹介。インタビューと作品制作工程のドキュメントを掲載しています。

絵画とドローイングの関係を探る VOCA受賞・水野里奈個展

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細密画や水墨画の要素からインスピレーションを受け、多様な色彩とモチーフから構成される絵画を制作する水野里奈が、4月13日より第一生命ギャラリー(東京・有楽町)にて個展を開催。絵画とドローイングの関係性に着目した平面作品を発表する。

 1989年生まれの水野里奈は、「アートアワードトーキョー丸の内」で2012年と14年に受賞を果たし、「あいちトリエンナーレ2013」の企画コンペでも選出されるなど、近年活躍の場を広げつつある若手アーティストだ。第一生命保険が協賛する平面作品の展覧会「VOCA展2015」(上野の森美術館)での奨励賞受賞により、本展の開催が実現した。

 水野が制作において重要視するのは、中東の細密画の装飾性、伊藤若冲の水墨画における筆致の要素、支持体であるキャンバス地の3つ。これらすべてを活かしながら、色彩豊かで重層的な画面を構成することで「見きることのできない」作品を目指しているという。

 本展のテーマは、絵画とドローイングの間に存在する変化やつながり、境界線の模索を試みること。絵画とドローイングに加え、油彩画の中にドローイングを描いた作品など、約50点を発表予定だ。

水野里奈 個展 「絵画とドローイングの境界線」
会期:2016年4月13日~5月20日
会場:第一生命ギャラリー
住所:東京都千代田区有楽町1-13-1 DNタワー21 1階
電話番号:03-3216-1211(代)(第一生命 DSR推進室)
開館時間:12:00~17:00
休館日:土、日、祝
URL:http://www.dai-ichi-life.co.jp/dsr/society/gallery.html

風景画をエロスと対比 フリードリッヒ・クナスが個展開催

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写真や立体、ドローイング、映像など、幅広いメディアを用いた作品を発表しているドイツのアーティスト、フリードリッヒ・クナス。4月15日より、カイカイキキギャラリー(東京・元麻布)にて、同会場では6年ぶりとなる個展が開催される。伝統的な風景画をモチーフとした絵画作品を中心に、約10点を展示する。

 ドイツで生まれ、現在はロサンジェルスを拠点に活動しているフリードリッヒ・クナス。カイカイキキギャラリーでは2度目の個展となる本展では、「黄昏のエロス」をテーマに制作された絵画作品を中心に発表する。ドイツのロマン主義を思わせる風景画に、エロティックなイラストやスラングなどが重ねられた作品群だ。

 クナスは、それほど調和のとれていない「内面の世界」と対比される、「外側の理想化された世界」としての風景画に関心を持っていると語る。彼によれば本展は、現代的で通俗的な表現との対立を持ち込むことで、伝統的な風景画を「生まれ変わらせる」試みだ。

 個人的にもクナス作品を所有しているという、カイカイキキギャラリーの店主・村上隆は、クナスの世界観について「つげ義春的なシュールさと、水木しげる的な土着な匂いに、ドイツ的なフレーバーがかかっていて、そして呑気に返ってゆく」と表現する。展覧会は5月12日まで。初日の4月15日には、レセプションも予定されている。

The World Is A Beautiful Place ( We're Not Here For Long )
会期:2016年4月15日~5月12日
会場:カイカイキキギャラリー
住所:東京都港区元麻布2-3-30 元麻布クレストビルB1階
電話番号:03-6823-6038
開館時間:11:00~19:00
休館日:日、月、祝
URL:http://gallery-kaikaikiki.com/

レセプション
日時:2016年4月15日 18:00〜20:00
会場:カイカイキキギャラリー

上田麗奈と藤ちょこ先生のデジタルペイント講座④ 服装編

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初心者にもやさしい直感的な操作が可能な多機能・低価格のペイントソフトとして、多くのクリエイターに支持を得ているペイントソフト「openCanvas」。その魅力を、同ソフトのメインアートワークを手がけた人気イラストレーター・藤ちょこさんが、声優の上田麗奈に教える連載です。デジタルイラストの制作はまったく初めてという上田も、回を重ねるごとに成長。自分らしい表現に磨きをかけています。前回(第3回)では、描いた線画の頭部を中心に色を塗り表情をつけました。今回は色を塗るだけでなく、色面の効果的な演出に挑戦します。(第3回はこちら

キラキラした光の効果はレイヤーの「加算」モードで

当初の純朴な少女像から変容を遂げてきた、上田が描くキャラクターの「いもちゃん」。第3回では、紫の髪に猫のような黄色の瞳で、すっかり暗い過去を背負った「紫いもちゃん」に。さらに上田は、この紫いもちゃんに「宇宙」のようなイメージを加えたいようです。

藤ちょこ(以下、藤):前回の最後に、髪の毛の色を宇宙みたいにしたいと言っていましたが、どんなイメージなんでしょうか。

上田麗奈(以下、上田):彼女のまわりにシャボン玉が飛んでいるようなイメージで、髪の上に円をポンポンって。[鉛筆ツールのペン先を太くし、丸いスタンプを押すように、髪の上に薄い紫の円を描いていく]

藤:なるほど、デザイン画みたいな感じにしたいんですね。レイヤーの合成モードで「加算」という機能を使うと、いま描いている円がきらめいているような効果が出ますよ。

上田:[レイヤーの合成モードを「加算」に設定]うわぁ、すごい、キラキラ感が出てきた! なんか楽しくなってきました。[ポンポンと無心に円を描く]

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レイヤーを「加算」モードに設定すると、描いた白色系の円にハレーションのような効果が出る

藤:円の色を変えながら描いていくと、よりキラキラした感じになると思います。例えば黄色はどうでしょうか。

上田:黄色? [藤ちょこ先生が指定した黄色で円を描く]あら、可愛い! 暗い過去を負っていた「紫いも」にも、なんだか希望の光が射しますね。

一同:(笑)

開発:絵を描くのって、技術というより、センスや想像力が大事ですよね。上田さんみたいに次々とイメージが湧き上がってくると、それを表現するために様々な機能を使うので、自然と覚えていける。もうすでに初心者の絵とは思えないじゃないですか。

藤:そうですね。私には、こういう色の塗り方は思いつかないですから。こうやって自分なりの表現のしかたを積み重ねていくと、作品のオリジナリティにつながっていくと思います。

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画面にキラキラとした演出が入り、またしても「いもちゃん」の設定が変わりつつある。上田の自由自在な発想は、もはや予測不能に

ペンツールを効果に合わせて使い分ける

上田:藤ちょこ先生、制服にも宇宙感を出したいです。

藤:制服の部分は、いまのように鉛筆ツールで円を描いていくより、エアブラシツールで服全体に宇宙のイメージを描いて、そのあとにレイヤーの「乗算」モードで服のシワや影を入れていく方法がいいかと思います。

上田:はい、それでやってみたいです!

藤:まず、宇宙のイメージを描く新しいレイヤーは、先ほどのように「加算」モードで設定しましょう。塗り分けたレイヤーの上に、エアブラシで全体に色の流れをつくったら、ペン先を変えながらいくつかの色で星を描いていくと、宇宙っぽくなると思います。星も温度によって様々な光の色がありますから。

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ペンツールの設定を使い分けると、こんなに幅広い表現が可能に。上田の「宇宙っぽい感じ」という要望から、ここまでナビゲーションしてしまう藤ちょこ先生にも脱帽だ

黙々と作業に取り組む上田。しばし室内には、上田の持つペンタブレットのこつこつという音だけが響きます。やがて沈黙を破った上田の第一声に、藤ちょこ先生とスタッフはまたしてもびっくり。

上田:いま、心臓をつくりたくて......。

藤:心臓を、つくる?

上田:ここに心臓があるよ、って左胸のところに赤で描きたいです。あ、ここの部分はエアブラシじゃなくて、ペンのほうがいいかな。

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前回(第3回)では、地道な塗り分けの作業は苦手と言っていた上田だが、ライオンのたてがみ(第1回)や少女の頭髪(第2回)、宇宙の星(今回)など、細かいものをひたすら描き足していく作業は好きらしい
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セーラー服の色塗りに「宇宙」を意識し、「心臓」や「血流」の要素を取り入れる上田。その着想とスケールがただ者ではない

開発:もう、「いもちゃん」じゃないですね。

上田:「コスモちゃん」誕生ー! ここから血が全身に巡っていく感じ......。[左胸の辺りに赤い円を散らしていく]

「乗算モード」で、下のレイヤーの色をつぶさずに自然な影をつける

上田:ふぅ、腱鞘炎になりそう。

藤:ずっと細かい作業を続けてますもんね。ここまで描けたら、新しいレイヤーを「乗算」モードにして制服の影を描いていきましょう。こうすると、いま描いた宇宙の部分を塗りつぶさずに影が描けます。ここでの作業は、前回に顔のまわりや髪に影を入れていったときと同じです。襟やスカーフの形、服と服の前後関係を考えて、影が落ちるところを塗っていきます。濃いなと感じたら、レイヤーの濃度調整してください。

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レイヤーを「乗算」モードに設定して、洋服のしわや影を描き込んでいくと、人体部分に立体感が

上田:[制服の部分に陰影を入れて]はい、終わり♪

藤:はい、ではここまでの作業を保存して、今日は終了ですね。次回はいよいよ背景です。

上田:よろしくお願いします!

(第5回に続く)

第4回の講座内容を上田麗奈が動画でおさらい!

 第4回「色を塗ってみよう!<服装編>」のイベントファイルを早回しで再生しながら、上田麗奈と藤ちょこ先生が、おさらいします。

上田麗奈と藤ちょこ先生のデジタルペイント講座【第4回】色を塗ってみよう!<服装編>
https://youtu.be/JuHZYEPJxhY
 
【上田麗奈と藤ちょこ先生のデジタルペイント講座】
 
第1回 第2回 第3回 第4回
 
第5回 第6回 第7回 第8回
 
第9回 第10回 第11回 第12回
 

PROFILE
うえだ・れいな 富山県生まれ。声優。第5回81オーディション特別賞・小学館賞、第9回声優アワード新人女優賞受賞。アニメ「Dimension W」(2016年、百合崎ミラ役)などに出演。特技は水彩画・ボールペン画、趣味は掃除。

ふじちょこ 千葉県出身、東京都在住のイラストレーター。ライトノベルの挿絵やカードゲームのイラストを中心に活動中。「openCanvas」のメインビジュアルを担当。「賢者の弟子を名乗る賢者」「八男って、それはないでしょう!」挿絵、「カードファイト!!ヴァンガード」カードイラストなど。BNN新社より画集「極彩少女世界」発売中。pixiv:藤原 27517  Twitter:@fuzichoco  公式サイト:http://fuzichoco.com

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ペイントソフト openCanvas パッケージ版
ペイントソフト openCanvas
価格:【パッケージ版】通常版 6,800円(税抜)/ガイドブック付き 7,800円(税抜)
   【ダウンロード版】通常版 5,370円(税抜)
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動作環境(※詳細はメーカーのホームページでご確認ください。)
OS:Windows Vista Service Pack2、Windows 7 Service Pack1、Windows 8/8.1、Windows 10
HDD:インストール用に10MB以上の空き容量(画像の保存、作業領域用に2GB以上の空き容量を推奨)
CPU:SSE2に対応するx86互換プロセッサ
メモリ容量:OSが推奨するメモリ容量(32bitは4GB、64bitは8GB以上を推奨)
ディスプレイ:1024×768、True Color(1280x768以上を推奨)
インターネット接続:アクティベーション(シリアルキーの認証)、自動アップデートにはPCのインターネット接続環境が必要
周辺機器:Wacomタブレットからの筆圧に対応、TabletPC APIに対応したタブレットPCからの筆圧に対応
入力対応フォーマット:BMP、JPEG、PNG、PSD、OCI(openCanvas形式)、WPB(openCanvas1.1形式)
入力対応フォーマット:BMP、JPEG、PNG、PSD、OCI(openCanvas形式)
「openCanvas」のご購入は、こちら!

「やり過ぎ」に潜む仕掛け 高田冬彦が児玉画廊で個展開催

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自身が登場する誇大妄想的な映像作品で知られる高田冬彦が、4月16日より児玉画廊(東京・白金)にて個展「STORYTELLING」を開催。性愛や妄執などのラディカルなトピックを扱った映像作品を発表する。

 東京都現代美術館で開催中のグループ展「MOTアニュアル2016 キセイノセイキ」(5月29日まで)にも参加している高田冬彦は、近年、映像作品を中心に発表している1987年生まれのアーティスト。2013年には、杉本博司のキュレーションによる白金アートコンプレックス5周年合同展覧会「メメント・モリ──愛と死を見つめて」に映像《LOVE EXCERCISE》(2013)をはじめとする映像作品3点を出品し、話題となった

 彼の作品の舞台の多くは、高田の住む六畳一間のアパートの室内。プライベートな空間とそこで繰り広げられる行為をさらけ出し、観客を「見てはいけないものを見ている」ような感覚に陥らせる。個展タイトルである「STORYTELLING」とは、高田が2014年に制作した、自らの肛門に青いインクを垂らして生まれたロールシャッハ・テストのような図柄をモニターしながらそれを分析するように語る、同名の映像作品に由来している。

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高田冬彦 Afternoon of a Faun 2015

 誇大妄想的で、ときに「過剰」「過激」ともとれる方法を用いながら、ナルシシズム、いじめ、セレブリティなどのテーマを描いてきた高田。本展では、ダンス評論家・木村覚との協働企画としても話題となった、ニジンスキーによるバレエ作品『牧神の午後』をモチーフとした映像作品《Afternoon of a Faun》(2015)など、近作や新作を展示する。

高田冬彦個展 STORYTELLING
会期:2016年4月16日~5月21日
場所:児玉画廊
住所:東京都港区白金3-1-15
電話番号:03-5449-1559
開館時間: 11:00〜19:00 
休廊日:日・月
URL:http://www.kodamagallery.com/

アメリカの写真家 ライアン・マッギンレーが国内美術館初個展

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いま「アメリカで最も重要な写真家」と称される、ライアン・マッギンレーの国内初となる美術館での個展が、東京オペラシティアートギャラリー(東京・初台)にて4月16日より開催。巨大なインスタレーション作品《YEARBOOK》をはじめ、初期作品から最新作までが一挙に展示される。

 ライアン・マッギンレーは、1977年にアメリカ・ニュージャージー州に生まれた写真家。友人を被写体にした手づくりの写真集を発表して注目を集め、2003年には史上最年少となる25歳の若さでホイットニー美術館での個展を果たした。その後は旅をしながら若者たちやアメリカ西海岸の風景をとらえた作品を発表してきたほか、バンド、シガー・ロスのCDジャケットを手掛けたことでも知られる。

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ライアン・マッギンレー Taylor (Black & Blue) 2012 Courtesy the artist and Tomio Koyama Gallery

 03年より、粒子の粗いフィルムを使い、映画を撮るように状況や光の状態を設定したうえでの撮影に取り組み始めたマッギンレー。ヌードの人物たちを被写体とした作品群では、広大な自然に身を投げるようにしてポーズをとる若者たちの姿に、肉体の美しさだけではなく、日常の束縛から開放された自然な表情や、精神の自由をもみることができる。

 マッギンレーは、繊細な色彩感覚や洗練された構図で、時代の空気感をとらえ続けてきた。本展では、500点ものポートレイトによる、約30mに及ぶインスタレーション作品《YEARBOOK》や、作家自身が選んだ約50作品が展示される。

RYAN MACGINLEY BODY LOUD!
会期:2016年4月16日~7月10日
会場:東京オペラシティ アートギャラリー
住所:東京都新宿区西新宿3-20-2
電話番号:03-5777-8600(ハローダイヤル)
開館時間:11:00~19:00(金・土は20:00まで/入館は閉館30分前まで)
休館日:月休(5月2日は開館)
入館料:一般 1,200円、大高生 800円(団体 一般 1,000、大高生 600)中学生以下 無料
URL:http://www.operacity.jp/ag/exh187/

アートフェアが大集合! NY「アーモリーウィーク2016」

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アートマーケットの拡大とともに、次々と創設されてきたアートフェア。10年ほど前には数えるほどしかなかったが、いまでは世界中で大小合わせて年間300近くのフェアが開催されている。3月初旬、そのなかでも規模、集客数ともに最大級の「アーモリーショー2016」が、ニューヨークで開催された。「アーモリーショー」は1994年の発足以来、回を重ねながら拡大し、現在ではアートマーケットの1年を始動させる春の重要なイベントとなっている。フェアの週は「アーモリーウィーク」と呼ばれ、毎年マンハッタンで10を超えるアートフェアが同時開催される。今回は「アーモリーウィーク2016」から11のフェアをグループに分けて紹介するとともに、アーモリーウィークを最大限に楽しむコツ」をご案内したい。

事前リサーチで全アートフェアの攻略も可能

 「アーモリーウィーク」に開催されるフェアの数には圧倒されるが、日程と会場エリアのリサーチをしておくことで、フェアめぐりの効率は格段に上がる。エリアごとに行きたいフェアを決め、開場時間や優先度によって見る順番を考えておくと安心。

 今年のフェアは大きく分けて、マンハッタンの5つのエリアで開催された。

 エリア間の移動は、地下鉄・バスと徒歩の組み合わせがおすすめ。 自転車シェアリングシステムの「Citi Bike」を活用するのも楽しい。1日もしくは1週間パスを購入すれば旅行者でも利用が可能で、マンハッタンの風景を一味違った感覚で味わえる。

 入場待ちや会場での人混みを避けることができるのは平日や午前中。フェアのチケットは事前にオンラインで購入しておくと、入場もスムーズになる。

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アーモリーショー(コンテンポラリーエリア内)。土曜の午後は大混雑。会場外には数百人の入場待ちの列ができ、入場制限もかけられていた

メインストリーム・アートフェア

 11のアートフェアは、大きく4つのグループに分けられる。はじめは、量や質でフェアの醍醐味を堪能できる王道的なフェアのグループ。熱心なコレクターは開幕前から出展される作品を下調べしており、オープンとともに売約となる作品も少なくない。アートマーケットの華やかな雰囲気を楽しむなら必見のグループだ。

アーモリーショー (Armory Show・22回目)

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見きれないほど多くの作品が集まるアーモリーショー。「コンテンポラリー」セクションは今年も大混雑。世界各地から集まった迫力ある作品が延々と並ぶ。一方、有名アーティストの作品が並ぶ「モダン」は落ち着いた雰囲気。値段を聞けるのも楽しみ方のひとつだ

 今回は36か国から205のギャラリーが集まり、過去最大規模での開催となった。例年通りハドソン川沿いの倉庫2か所を会場とし、若手アーティストの作品が中心の「コンテンポラリー」と有名アーティストの作品が集まる「モダン」の2つのセクションに分けて展示が行われた。

 アーモリーショーでは毎年、特定の地域を取り上げた特集展示が組まれる。今年はアフリカ。植民地時代をルーツとする西洋文化との融合や、現代の移民問題といったアフリカの地政学的問題をテーマにした作品が数多く取り上げられた。

アートショー (The Art Show・28回目)

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有力ギャラリーが出展する「アートショー」。美術館で見かけるような作品が並ぶ。会場には有名アーティストの姿も。敷居は高いが出展者は気さくに質問に答えてくれる

 アメリカ国内で開かれるアートフェアの中で、もっとも古いのが「アートショー」。アメリカ・アートディーラー協会に加盟するギャラリーのみが参加するフェアで、今年は72のギャラリーが展示。有力ギャラリーが点数を厳選してプレゼンテーションを行った。会場はパークアベニューにあるアーモリーで、規模は小さく会場も落ち着いた雰囲気だが、経験豊かなコレクターが集まることで知られ、アート業界の注目度は高い。作品のクオリティは全フェアの中でも群を抜いていた。

エマージング系アートフェア

 エマージング(新興)・アーティストやエマージング・ギャラリーにフォーカスするのが2つ目のグループ。メインのフェアに比べて作品の価格帯がぐっと手頃になり、これからアート収集を始めようという人たちに最適のフェアだ。また、新人発掘のために美術館関係者が訪れることもあり、将来活躍しそうなアーティストを自分の目で探したいというこだわり派のコレクターも集まる。

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上2点──パルスの展示風景 下左──ボルタの展示風景 下右──スコープの展示風景。今年は緻密につくり込まれた作品やビビットな色合いの作品を多く見かけた

パルス (Pulse・11回目)

 ギャラリーだけでなくオルタナティブ・スペースやNPOなども積極的に迎え、アートコミュニティーへのネットワークを広げていく機会を提供している「パルス」。今年は45出展者での開催となった。若手コレクターを招待するプライベートカクテルパーティーも開催し、エマージングコレクター層の開拓にも力を注いでいる。

スコープ(Scope・16回目)

 アーモリーショーと並ぶ古株の「スコープ」は、エマージングアートの中でも「最も新しい表現」の紹介を謳っている。国内外から60の出展者を迎え、シンプルながら丁寧につくり込まれた作品が多く並んだ。

ボルタ (Volta・8回目)

 毎年アーモリーショーに隣接して開催される「ボルタ」は招待制の出展で、今年は100の出展者が選ばれた。スタジオを訪れたような雰囲気で作品をじっくり見てほしいという意図で、基本的に各ブース1アーティストのみの紹介をポリシーとし、展示内容を厳選している。

アンチ系アートフェア

 3つ目は「アンチ・アートフェア」を掲げる比較的新しいグループ。ブースできっちり区切られたアートフェア定番の形態を踏襲せず、独自の展示空間づくりにこだわる。出展者との隔たりがなく、気軽に作品について話を聞くことができるのが特徴。

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上2点──スプリング・ブレイクの展示風景。数十ある事務所スペースを思い思いに改造して展示に利用 下左──クリオの展示風景。iPadを越しに見ると、画像がアニメーションとなって動き出す作品も。アーティストが丁寧に見方を教えてくれる 下右──インディペンデントの展示風景。空間づくりへのこだわりが見えるフェア。エマージング、中堅、有名ギャラリーが軒を並べるのがユニーク

インディペンデント (Independent・3回目)

 今年からトライベッカへ場所を移し、43のギャラリーを迎えた「インディペンデント」。他のフェアでは見られない広いスペースの使い方と、窓からの眺望も手伝って、のびのびとした空間で作品を楽しむことができる。贅沢なスペースを割り当てられた作品は輝きを増すことが実感できるフェア。

クリオ・アート・フェア (Clio Art Fair・3回目)

 ギャラリーに所属せず個人で活動するアーティストを募り展示する「クリオ・アート・フェア」には、39のアーティストが参加した。アーティストが来場者に直接応対するので、作品について詳しく知ることができる。出展者の中にはMoMAやグッゲンハイムのコレクションに作品が収蔵されている実力者もいた。

スプリング・ブレイク (Spring/Break Art Show・5回目)

 「スプリング・ブレイク」は、歴史が浅いながらもキュレーターに軸足を置いた異色のフェアとして目立っている。今年は100名の若手キュレーターを招集し、マンハッタン最大の郵便局内にある旧事務所スペースを会場に、彼らが選んだ800名のアーティストの作品を紹介した。壁紙を貼り替えたり、壁を壊したりと、他のフェアでは味わえない思い切ったプレゼンテーションが楽しめた。

ジャンル特化型アートフェア

 多くのフェアがグローバル志向となり、マルチメディアアートの紹介にフォーカスする一方、近年増えているのが4つ目の「ジャンル特化型」のフェア。

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版画やドローイング、立体まで様々な形態になる紙メディア。まだまだ表現の可能性が残っているのを見せつけられた

ムービング・イメージ (Moving Image・6回目)

 ビデオ作品にフォーカスした招待制フェア。今年は25の出展者が参加した。19世紀に貨物輸送の倉庫としてつくられた歴史的建造物の中で展示が楽しめる。イスがたくさん用意され、ゆっくりと作品鑑賞できるよう配慮されている。長めに時間を確保して訪れたいフェア。

ニュー・シティ・アート・フェア (New City Art Fair・5回目)

 コンテンポラリー・アジアンアートの紹介を目的とするフェア。日本のhpgrpギャラリーが主催する。今年は日本から5つのギャラリーが集い、若手・新進気鋭の日本人アーティストを紹介した。規模はいちばん小さいものの、知る人ぞ知るニッチなフェア。

アート・オン・ペーパー (Art on Paper・2回目)

 今年で2回目の開催となる「アート・オン・ペーパー」は、紙をベースにした作品を紹介する。アートマーケットでは比較的注目度の低い紙メディアにあえてフォーカスすることで話題となっている。手頃でクオリティの高い作品が集まった昨年の評判が非常によく、不便なロケーションながらも今年も多くの人が集まった。国内外から75の出展者が参加し、改めて紙というメディアの可能性を提示した。

フェアは頑張らずに楽しむ

 「アーモリーウィーク」は大量のアートに一度に触れることのできる絶好の機会だが、すべてをくまなく見るのはなかなか難しい。気張らずに、歩きながらピンときたら足を止めてみるくらいが丁度いい。各フェアが開催しているツアーに参加するのもひとつの方法だ。専門ガイドのもと、1時間程度でフェアのハイライトを見て回ることができる。コレクターになった気分で好きな作品を探して回るのが、気楽にフェアを楽しむいちばんの秘訣かもしれない。

ナイル・ケティングが山本現代でクロッシングと同期した新作発表

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1989年生まれの気鋭のアーティスト、ナイル・ケティングが、山本現代(東京・白金)にて1年ぶり2度目の個展を開催。森美術館で開催されている「六本木クロッシング2016:僕の身体、あなたの声」の出品作に同期した新作を発表する。

 ベルリンを拠点に活動するナイル・ケティングは、イタリアの哲学者、マリオ・ペルニオーラが提唱する「感覚するモノとしての人間」という概念を軸に、「センシング(感覚、感知)」をテーマとして活動する若手アーティスト。映像、パフォーマンス、インスタレーション、サウンド・アートなど、多様な表現形態の作品を発表しているほか、ダンサーとしても活動する。

 本展のキーワードとなるのは「環境」。現代社会を見据えて知覚や身体の問題を扱ってきたケティングが、歴史や社会との関係性のなかで、人間と自然、エネルギーについて問いかける構成となっている。

 展示タイトルの「ホイッスラー」とは、VLFレシーバーによって音として知覚されうる電磁波「ホイスラー波」からとられた言葉。展示会場ではVLFレシーバーがとらえた地球の超低周波が流れ、大気中のエネルギーを電気に変えることができるとされた20世紀の"発明品"、「モレー・マシン」へのオマージュである《Zero-point》、リキッドクリスタルを用いた《Substorm(5)》《UV-free Sun》などの新作が展示される。会期初日の16日にはパフォーマンス作品《First,Class》の上演も予定されている。

ナイル・ケティング展 「ホイッスラー」
会期:2016年4月16日~5月14日
会場:山本現代
住所:東京都南区白金3-1-15 3階
電話番号:03-6383-0626
開館時間:11:00~19:00
休館日:日、月、祝
入館料:無料
URL:http://www.yamamotogendai.org/japanese/exhibitions

会期中に下記のイベントを開催します。

【関連イベント】
オープニングレセプション
日時:2016年4月16日 18:00〜20:00
会場:山本現代
URL:http://www.yamamotogendai.org/japanese/exhibitions

パフォーマンス「First, Class」
日時:2016年4月16日 19:00〜
会場:山本現代
URL:http://www.yamamotogendai.org/japanese/exhibitions

美術手帖 2016年5月号「Editor's note」

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2016年4月16日発売の「美術手帖 2016年5月号」より、編集長の「Editor's note」をお届けします。

 今号は「伊藤若冲」特集をお送りします。若冲といえば、今では日本美術のスーパースターとして主役をはる人気を博しています。弊社が2014年春に刊行した『美術出版ライブラリー 日本美術史』(山下裕二・髙岸輝 監修)でも、彼の《紫陽花双鶏図》が表紙になりました。最新の研究成果を踏まえた決定版を謳う一冊のメインを飾る作家、つまり日本美術史を象徴する存在として伊藤若冲が位置付けられるようになったのです。

 21世紀に入ってからの若冲をめぐる評価の急騰には、どんな要因があるのか。生誕300年を記念した「若冲展」(4月22日~5月24日、東京都美術館)で代表作を一堂に観ることのできる、このまたとない機会に考えてみたいと本特集を企画しました。

 記事では、若冲評価の先鞭を着けた辻惟雄、画家の安藤正子、小説家の澤田瞳子、マンガ家の江口夏実といった多彩な顔ぶれが若冲の実像に迫っています。ここでは、辻惟雄が半世紀近く前に掲げた「奇想の系譜」、細密描写の画家という面に留まらない画風の幅広さや自由闊達さが指摘されています。

 主要作70点超を年代順に紙面1.6メートルにわたって辿った「若冲画年譜」では、緩急織り交ぜながら新たなモチーフや技法に果敢に挑戦し続けた画業を一望することができます。中国や同時代の画家など様々な影響の下にありながらも、若冲でしかありえない表現─中国絵画史の板倉聖哲の言う「関数としての若冲」─この感性が現代のアーティストたちの多くに新たなインスピレーションを与えている秘密なのかもしれません。そして、新しい表現が生み出されることによって、多面体としての若冲が更新されていくのです。

2016.04
編集長 岩渕貞哉
美術手帖 2016年5月号
編集:美術出版社編集部
出版社:美術出版社
判型:A5判
刊行:2016年4月16日
価格:1728円(税込)

イタリアのアーティスト、モケッティがアキライケダで個展

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複合的なインスタレーション作品などを手掛けるアーティスト、マウリッツィオ・モケッティが、アキライケダギャラリー東京(東京・品川)にて個展を開催。1970年から2001年までに制作された立体作品7点とドローイング1点が展示される。

 マウリッツィオ・モケッティは、1940年にイタリアで生まれ、ローマを拠点に活動しているアーティスト。88年からサンフランシスコでレジデンスを経験し、フィンランドやドイツ、スペインなど、世界各地で展示を開催。70年から6回にわたってヴェネチア・ビエンナーレに参加しているほか、日本では、91年に「名古屋国際ビエンナーレ」に出品している。

 モケッティが発表してきたのは、光とテクノロジーへの関心に基づくミニマルな作品や、自動車、飛行機、武器、幾何学形態などで構成されるインスタレーション作品。60年代から制作を続けてきた作家は、「美術作品はアイデアであり、プロジェクト」「テクノロジーとは、作品をアイデアに近づけるための道具」と語る。

 品川の勝島倉庫内にあるアキライケダギャラリー東京で開催される本展では、1970年から2001年までに制作された立体作品8点を紹介する。会期は4月16日〜6月30日。

Maurizio Mochetti
会期:2016年4月16日~6月30日
会場:アキライケダギャラリー
住所:東京都品川区勝島1-4-11 勝島倉庫 B-604
電話番号:090-6570-2141
開館時間:12:00〜18:00
休館日:日、月、火、水
URL:http://www.akiraikedagallery.com/home_j.htm

ミヤギフトシ連載06:児童文学家・石井桃子の人生の面影を追う

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アーティストのミヤギフトシによるブックレビュー連載。第6回は、児童文学作家・翻訳家、石井桃子の評伝『ひみつの王国』を繙き、彼女の住んだ街をめぐりながら、激動の20世紀を生き抜いたひとりの女性の面影を追う。

尾崎真理子『ひみつの王国−評伝 石井桃子』
雲の向こう側とこちら側 ミヤギフトシ

 子供のころ、きっと彼女の翻訳で読んだ絵本がいくつかあったはずだけれど、石井桃子という女性の人生やその仕事に強く惹かれ始めたのは、尾崎真理子による評伝『ひみつの王国』(新潮社、2014年)を読んでからだった。101年にも及ぶ人生。戦前の華やかな時代、戦時中、戦後、そして2000年代。激動の、という言葉しか思いつかない時代に東京で(一時期は宮城で)生きた彼女に、僕は強い興味を抱いた。

 文藝春秋社を創設した作家の菊池寛のもとでアルバイトを始め、1930年、23歳のころに正式に入社。編集部勤務となる。総理大臣も務めた犬養毅邸に出入りするようになり、そこで西園寺公一から英語版『プー横町に建った家』を送られ、さっそく和訳し、五・一五事件で暗殺により祖父を亡くした犬養家の子供たちのために読み聞かせた。

bt_miyagi06_01.jpg北浦和、氷川神社へ向かう道 撮影=ミヤギフトシ

 そしてプーの和訳はまた、文藝春秋社の同僚である小里文子のためでもあった。小里文子は菊池寛のお気に入りで、編集部時代は自由奔放で派手な生活を送っていたものの結核にかかってしまい、荻窪の一軒家で療養生活を送っていた。性格としては正反対とも言える彼女と親友だった石井は、頻繁に小里を訪ね、プーさんの物語を話して聞かせたという。女性は結婚することが当然だった時代。大学を出て編集者として働いていた独身の石井は、同じような境遇だった小里に強く共感し、親密な関係性を築いた。その関係を、石井は晩年『幻の朱い実』(岩波書店、1994年)に小説として残している。文藝春秋社を退職した石井は、その後、新潮社の日本少国民文庫に関わるなど、児童文学の編集や翻訳を手がけるようになる。

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北浦和の空き地 撮影=ミヤギフトシ
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北浦和駅近く 撮影=ミヤギフトシ

 スキー愛好家の集まるサークル「シー・ヨードラーの会」に参加し始めた石井は、そこで進藤四朗という年下の男性と出会い、恋をする。しかし、第二次世界大戦が勃発、繊細な進藤も兵役のため陸軍気象部に配属されて、兵舎での生活を余儀なくされる。進藤を慰めるため、石井は物語を手紙にしたため、彼に送り始める。手紙という形式で連なるその物語は、終戦直後の45年に出版されることになる『ノンちゃん雲に乗る』だった。手紙が届くたびに、それは進藤を慰め、そしてシー・ヨードラーの仲間たちにも回覧され、彼らの救いとなっていた。

 手紙で物語を語る手法にインスピレーションを得て、僕は《南方からの17通の手紙》(2015)を制作した。沖縄から連続して送られる手紙の上で物語を展開し、それを展示会場で多くのひとびとが手に取り、物語が浸透してゆく。作品は2015年のVOCA展、そして11月の日産アートアワード展で展示された。もちろん、僕の手紙は戦場に届くわけでもなく、宛先の人物はフィクショナルであり、手紙を閲覧するひとびとは不特定多数の他人だった。それでも、沖縄という場所から語られる「雨だれ」についての物語が、ひとびとに伝搬してゆくさまは、とても刺激的だった。僕の中でも物語は広がり続け、最終的に《ロマン派の音楽》(2016)という映像作品につながっていった。

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軒先のボール 撮影=ミヤギフトシ

 尾崎は『ひみつの王国』の中で、石井が『ノンちゃん雲に乗る』執筆にあたりヒントとしたかもしれないという作家をふたりあげている。ひとりは、第一次大戦中、戦場からイギリスにいる子供たちに向けて手紙というかたちで「ドリトル先生」の物語を送ったヒュー・ジョン・ロフティング。もうひとりが、イギリスの児童文学者であるエリナー・ファージョンだ。ファージョンの詩を読んで、「どんなになぐさめられているか」という手紙をある兵士が彼女に送る。ファージョンと彼は文通を始めて、そして、彼女もまた彼に手紙というかたちで物語を相手に送り始める。第一次大戦中のこと、兵士はイギリス要塞砲兵兼航空隊気球中隊に属し、前線で塹壕生活を送っていた。物語は、『リンゴ畑のマーティン・ピピン』としてのちに出版され、和訳を石井が手がけることになる。

 尾崎はまた、『ノンちゃん雲に乗る』と『リンゴ畑のマーティン・ピピン』の構造的な類似に加えて、「光、あわ、雲、夢」という共通するモチーフについても言及している。石井桃子訳による『リンゴ畑...』(岩波書店、1972年)には、下記のような一節がある。

うかぶよ、うかぶよ、そこにうかぶのは何?
天使の息より生まれるあわのごとくに、
たそがれの空をいとかろやかにとぶ雲か。
いな、これは、リンゴ樹の根もとに
吹きよせられた花の環と見まがう、
 紅と白のおとめよ。
ああ、これは夢か、さめゆく夢か、
雪ひらのきえゆくごとく、
 花に似て赤く。
うかぶよ、うかぶよ、そこにうかぶのは何?
エリナー・ファージョン(石井桃子訳)『リンゴ畑のマーティン・ピピン』より
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善福寺川近くの庭 撮影=ミヤギフトシ

 今回のレビューを書くにあたって『秘密の王国』を再読し、この箇所に差し掛かったとき、不思議な既視感のようなものを覚えた。ふたつの作品が提示する雲や夢のイメージが、作ったばかりの自作《忘れられない幻影》(2016)で引用しているジョニ・ミッチェルの「Both Sides Now」と重なったのだ。「ゆるやかに流れる天使の髪/アイスクリームのお城が空に浮かび/そして羽毛の渓谷が広がる/それが雲だと思っていた...」しかし雲は視界を遮り、雨ですべてを濡らしてしまう。雲の表も裏も見たはずなのに、結局思い出すのは雲の幻想ばかり、と1番は終わる。2番は愛について、そして3番は人生について。

月 六月 そして観覧車が巡る
目まぐるしく踊るような感覚
すべてのおとぎ話は真実に変わる
それが愛だと思っていた

でもいつの間にかにショーは変わる
みなに笑われながら あなたは去る
傷ついても 悟られてはだめ
さらけ出す必要なんてない

(中略)

涙を流し 怯え 時には誇りに思い
大きな声で「愛してる」と言い
夢や計画 そしてサーカスの群衆
それが人生だと思っていた

いまや旧友たちは 奇妙な態度
首を横に振り そして言った
私は変わってしまったと
失ったものもあるけど 得たものだってある
毎日を生きるなかで
ジョニ・ミッチェル(筆者訳)「Both Sides Now」(『Clouds』、1969年)より

 その歌詞を反芻していると、どこか石井桃子という女性の人生にも重なってくる。彼女と進藤四朗の恋は、結局実ることなく終わる。繊細すぎる進藤に、石井が愛想を尽かせたようだ。結婚をも考えた進藤に別れを告げたとき、彼は顔を両手で覆い、指の隙間から雨だれのような涙を流したという。時代が急速に変化していった明治から平成にかけての100年、さまざまな場所に出入りし多くの人々に出会いながら、自分のことをほとんど語らなかったという石井。

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善福寺川へ向かう道 撮影=ミヤギフトシ

 戦前の華やかな時代、犬養家との交流と犬養毅の死、シー・ヨードラーの若者たちとの交流、進藤との恋、戦時中に書いた文章に対しての後悔、自責の念を抱え続けながら宮城で送り続けた戦後の農家生活、米国への視察旅行、そして荻窪での晩年......。本書で語られたこと以外にも、きっとたくさんの秘密があっただろう。インタビューや手紙を通して明らかになった彼女の人生は断片的ながら、戦前・戦中・戦後を生きたひとりの女性のドキュメントとして、強く胸をうつ。彼女が抱え続けた葛藤や後悔を、僕は想像できない。けれど、彼女の怒りや悲しみの片鱗は、本書を読めばいたるところにうかがい知ることができる。

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荻窪、かつての自宅近く 撮影=ミヤギフトシ

 石井の生まれ育った浦和の街を歩いたあと、彼女が晩年を過ごしたという荻窪に向かった。彼女の住居は、かつての親友・小里文子が住んでいた家を譲り受けたもの。そこを自宅とし、そして部屋のひとつを「かつら文庫」として子供たちのために解放した。現在その場所は、東京子ども図書館となっている。僕自身数年前まで荻窪に住んでいたこともあって、駅を出てふらりふらりと懐かしい馴染みの場所を歩きまわった。4月。浦和にも荻窪にも、たくさんの花が咲いていて、そればかり撮影していた。ほとんどの花の名前は知らなかったけれど、石井桃子のことを考えるとき、家々の庭先や公園に静かに咲く花々は、その文章に添えるイメージとして相応しいような気がしていた。東京子ども図書館にはまた今度行くことを誓い、善福寺川沿いの桜並木を歩き、荻窪駅に向かった。

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善福寺川沿い 撮影=ミヤギフトシ
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善福寺川公園を後に 撮影=ミヤギフトシ

PROFILE
みやぎ・ふとし 1981年沖縄県生まれ。XYZ collectiveディレクター。生まれ故郷であ る沖縄の政治的・社会的問題と、自身のセクシャリティーを交錯させながら、映像、 写真などを組み合わせたインスタレーションによって詩的な物語を立ち上げるアート プロジェクト「American Boyfriend」を展開。「日産アートアワード2015」ではファ イナリストに選出。森美術館での「六本木クロッシング2016展:僕の身体、あなたの 声」に参加(2016年3月26日〜7月10日)。 http://fmiyagi.com

ひみつの王国−評伝 石井桃子
著者:尾崎真理子
出版社:新潮社
刊行:2014年6月30日
価格:2916円(税込)
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