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マンガ家・崗田屋愉一さんと俺たちの国芳に会いに行く【後編】

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都内2か所の美術館で展覧会が開催され、幅広い年齢層の人気を獲得している浮世絵師・歌川国芳。国芳一門を描いたマンガ『ひらひら〜国芳一門浮世譚〜』(太田出版)と、若き日の国芳を描くマンガ『大江戸国芳よしづくし』(『週刊漫画ゴラク』連載中)の作者である崗田屋愉一(岡田屋鉄蔵)さんと国芳の魅力を探るコラムの後編です。(前編はこちら

「本物ギリギリ似せつつも記憶より美しい。その匙加減が国貞は絶妙だ」──ライバル国貞との関係

──3月19日発売の崗田屋さんのマンガ『口入屋兇次』(集英社)2巻の表紙は、主人公が国芳作品の浮世絵の人物に扮しています。Bunkamura ザ・ミュージアムの「俺たちの国芳 わたしの国貞」のメインビジュアルに起用されている《国芳もやう正札附現金男 野晒悟助(くによしもようしょうふだつきげんきんおとこ のざらしごすけ)》ですね。

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歌川国芳 国芳もやう正札附現金男 野晒悟助 1845頃 William Sturgis Bigelow Collection, 11.28900
Photograph © Museum of Fine Arts, Boston
「国芳もやう正札附現金男」のシリーズは、まさに男性向けのファッション誌。悟助の着物は猫が寄り集まった髑髏の柄になっている

 はい、表紙のイラストで、主人公の兇次に悟助のコスプレをさせました。猫のスカルっていう発想が奇抜ですよね。国芳は、男が考えるカッコイイのツボをしっかりつかんでると思います。紺屋の倅というだけあって、着物の配色も絶妙で。江戸男子にとってはたまらなかったでしょうね。その代わり、あまり女性受けはしなさそうな作品ですが......。

──まさに「俺たちの」という展覧会タイトルが象徴していると思います。Bunkamura ザ・ミュージアムの会場では、同じ門下の兄弟子である国貞の作品と並ぶことで、両者の特徴がよりわかりやすくなっていました。国貞に比べると、国芳の描く女性は、あまり色気がないですね。

 そうですね。国芳は弟子には好かれたけれど、女性にはあまりモテなかったんじゃないかな(笑)。たぶん、江戸の市中にいるサバサバした性格の女性が好みだったんでしょう。吉原に遊びに行っても、太夫(高級遊女)が相手だと「肩こっちまうなぁ」みたいな(笑)。逆に、国貞は、作品を見ていると、ハイソな女性が好きだったんだろうな、って思いますね。

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歌川国芳 初雪の戯遊 1847〜52頃 William Sturgis Bigelow Collection, 11.16077-9
Photograph © Museum of Fine Arts, Boston
裸足で雪遊びをするおてんばな江戸の女子たち。猫型の雪だるまといい、モデルはもしや、雪の日の国芳一門なのでは......

──当然、二人の浮世絵の需要層も違ってきますね。

 大衆の所有欲をくすぐったのは圧倒的に国貞だったでしょう。作品数も多く増刷を重ねて、一時代のスタイルを確立しています。ただ、国貞はこれぞという代表作が挙げづらいように思います。その点、国芳の作品は圧倒的に人の記憶に残ります。猫のスカルだとか、巨大な骸骨だとか。1点1点が印象に残るんです。奇抜なぶん、購買に結びつきづらいものもあったと思いますが。

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歌川国芳 相馬の古内裏に将門の姫君瀧夜叉妖術を以て味方を集むる大宅太郎光国妖怪を試さんと爰に来り竟に是を亡ぼす 1844頃 William Sturgis Bigelow Collection, 11.30468-70
Photograph © Museum of Fine Arts, Boston
一度見たら忘れられない国芳の巨大骸骨。江戸時代、この三枚続の浮世絵を買った人々は、どのようにして楽しんでいたのだろうか

 どちらが優れているというのではなく、二人はアプローチの仕方が違うんですよね。国芳は作家性の強いデザイナー、国貞はプロ意識の高いグラフィックデザイナーといえば良いでしょうか......。なんとなく国貞は、そうやって抑圧された欲望を春画で開花させているような節があるように思ってますけれど(笑)。

──確かに。今回の展覧会には出品されていませんが、国貞の春画は独特のフェティシズムを感じますよね。破天荒な浮世絵をおおっぴろげに描ける国芳が、どこかでうらやましかったのかも......。

 国貞は本当にスマートな人だったと思います。豊国の看板を背負っている責任感もあったでしょうし。周囲も国貞とは仕事がしやすかったでしょうね。他方、国芳の場合は、ニーズに応えられず、出版に至らずに終わったもの、出版されたけれどほとんど流通しなかった結果、現代に残っていない作品もかなり多いと思うんです。

──いろんなエピソードをうかがっていると、国芳はあまり融通が利かなさそうですよね。こだわりが強くて、版下が差し戻されるたびに、版元と喧嘩になっていそう(笑)。

 差し戻し......ありますよね......。今回の『大江戸国芳よしづくし』(以下、『よしづくし』)も10数ページ不採用になってます......。はい、あり得る話だと思います。タイムスリップして、国芳の家にボツ原稿を拾いに行きたいくらいです(笑)。

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『大江戸国芳よしづくし』より ©崗田屋愉一(日本文芸社)
なかなか売れなかった若き時代の国芳宅では、日の目を見なかった作品は猫たちの玩具になっていた、かも?

「面白がらねェと、何でもな」──心の底から楽しめる国芳の絵

──崗田屋さんは本当にいろんな資料を見ていらしゃるんですね。今日、お手元に持っていらっしゃるのは、自作の年表ですか?

 はい、私の虎の巻です。『ひらひら〜国芳一門浮世譚〜』(以下、『ひらひら』)のキャラクターごとに並列する年表をつくってあります。

──これはすごい。そういえば先日、ご自身のtwitterで『よしづくし』の時代考証について言及していらっしゃいましたよね。この時期には、実は七代目団十郎は「助六」を演じていない、と。

 歌舞伎ファンの方のチェックは怖いんですよ(笑)。以前、ある浮世絵の研究者にアポをとったとき「マンガや小説のような創作物は、私たちが一生懸命に追究した真実を曲げて世間に広めてしまうものだから、私とあなたの立場は相容れない」という風に言われたこともあります。

──メディアの影響力の功罪ですね。ただ、マンガや時代劇が原典や史実に即しているかという点にこだわってしまうと、江戸歌舞伎や浮世絵が持つパロディの精神やエンターテイメントの本質からは遠のいてしまうような気がします。

 特に国芳の作品については、知識や教養なしで楽しめるところが、当時はもちろん現代にまで広く愛されている所以だと思うんです。国芳の絵は、日本語を知らない海外の人でも楽しめます。それはやはり、江戸時代も後期になって、教養のある一部の文化人たちが楽しんでいた浮世絵が、もう一段下の階層にまで降りてきたということもあると思うんです。浮世絵を享受する層が広がって、誰もが理屈抜きで楽しめるものが求められるようになった。

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歌川国芳 荷宝蔵壁のむだ書(黄腰壁) 1848頃 William Sturgis Bigelow Collection, 11.27004
Photograph © Museum of Fine Arts, Boston
壁の落書きを浮世絵にするというアイディアで、当時出版規制がかかっていた役者絵を洒落っ気たっぷりに描いた国芳。コミカルな絵柄は自然と笑いを誘う

 国芳はちょうど幕末の血生臭い時代を迎える直前で亡くなるんですね。本当に、江戸が江戸であった一番最後の時代を飾った浮世絵師と言えると思います。国芳の弟子たちは明治時代を迎えるわけなんですけれど、価値観ががらっと変わって、粋な江戸の文化はどんどん失われていきました。国芳の作品には、最盛期の江戸の粋が詰まっていると思うんです。

「浮世の縮図を描けてなんぼの浮世絵師だもの。嬉しい楽しいだけじゃあない、辛い悲しいやるせない、その全部がアタシらの糧サ」──移ろう時代とともに

──では最後にうかがいます。4年前に開催された没後150年の「歌川国芳展」(森アーツセンターギャラリー、大阪市立美術館、静岡市美術館)以来、国芳人気がずっと続いているように思います。今の時代に国芳が受けている理由はなんだと思われますか?

 そうですね、みんなスカッとしたいんではないでしょうか。同じ浮世絵でも、広重の風景画のような作品をうっとりと眺めるだけの余裕は、今の日本の社会にはないんじゃないかと思います。先行きの見えない時代だから、思いっきり笑い転げたい、さっぱり忘れてしまいたい、そんな風に人々が思っているんじゃないでしょうか。

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歌川国芳 讃岐院眷属をして為朝をすくふ図 1851〜52頃 William Sturgis Bigelow Collection, 11.26999-7001
Photograph © Museum of Fine Arts, Boston
見る者をあっと驚かす大迫力の奇想天外な浮世絵を次々と世に送り出した国芳。彼の作品を見ていると「愉快」「痛快」そんな言葉が頭を過る

──『よしづくし』第4話で、七代目団十郎が国芳に言った言葉が印象的でした。「夢見さしてやんなよ。こんな世知辛え世の中なんだ。せめて絵ン中くれえ」と。まさに浮世絵は江戸の人々の憧れや夢を描いてきたものだと思います。ただ、国芳の時代の浮世絵が描いたのは、雲の上の、手の届かない夢ではないですね。時代が下るにつれて、人々が求める夢が変化しているのでしょうか。

 希望が持てない時代には、人は手の届かない夢よりも、身近でリアルなものを求めますよね。今はゆとりのない時代ですから、人は絵を見るときも、そこに高尚な芸術性より、庶民的な娯楽性を求めるのかもしれません。

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『大江戸国芳よしづくし』より ©崗田屋愉一(日本文芸社)
最愛の人を失う悲劇に見舞われながらも、歌舞伎役者の家に生まれた宿命を受け容れ、人々の「夢」のために凛然と舞台に立つ七代目団十郎。その姿に国芳はおおいに感銘を受ける

──そう考えると、日本の景気が上向けば、また別の浮世絵師の人気が上がるかもしれません。面白いですね。

 マンガもそうなんですけれど、隠れた名作っていっぱいあるんです。発表当時に認められなくても、時代が変わると評価される。それは、作品が劣っていたということではなくて、そのときの読者の嗜好に合わなかったという場合が多いんです。良い作品は、時代がそれを求めたときに必ず掘り起こされますから。

 国芳は生きているうちに見出され、同時代の人々の心をつかむことができた。時代が味方した、と言うより、彼が時代を味方につけた、と言うべきかもしれませんが。それが魅力的なんです。売れなかった国芳が梅屋とともに、いかにひとつの時代をつくったか、それを『よしづくし』では描けたらと思っています。

 ただ、時代がどうというだけでなく、国芳は己が楽しいと思うことを一心にやり続けた人なのだと思います。それが結果として、現代においても受け容れられている。私はマンガ家を10年やっていますが、最初の頃はやはり売れることを意識して、流行や人の意見に振り回されながらマンガを描いていました。でも『ひらひら』を描いて以降、自分が描きたいものしか描かないことにしたんです。

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『ひらひら~国芳一門浮世譚』より ©岡田屋鉄蔵(太田出版)
『ひらひら』最終話にて、15年に及ぶ復讐劇の呪縛からようやく解き放たれる伝八郎。国芳一門に温かく見守られ、歌川芳伝として新たな人生の一歩を踏み出す

 おかげさまで、今はそれで自分の描きたいものを描いて食べていけているので、これからも国芳師匠のように、自分の信念を貫いてマンガを描いていけたら幸せだなぁと(笑)。今年、岡田屋鉄蔵から崗田屋愉一に改名しましたが、これからも「愉しきことを一心に」という想いでマンガを描いてこうと思っています。

──『よしづくし』から、崗田屋さんの意志と気概が伝わってくるようです。国芳の浮世絵と崗田屋さんのマンガから、今を生きるポジティブなパワーをたくさんいただきました。本日はお忙しいなか、本当にありがとうございました。



PROFILE
おかだや・ゆいち 2007年『タンゴの男』(宙出版)でデビュー。2010年奇譚時代劇『千』(白泉社)発表後、時代劇ジャンルに活動の場を広げる。2011年、国芳一門を題材にした『ひらひら国芳一門浮世譚』(太田出版)を発表、文化庁メディア芸術祭推薦作品に選出される。現在、少年画報社ヤングキングアワーズ誌にて『無尽~MUJIN』連載中。『大江戸国芳よしづくし』の続編は今秋『週刊漫画ゴラク』に連載予定。主な作品に『極楽長屋』(MagGarden社)、『口入屋兇次』(集英社)など。ローマ日本文化会館で開催中(4月7日まで)の「マンガ・北斎・漫画―現代日本マンガから見た『北斎漫画』」展に出品。公式サイトURL:http://okdy.sakura.ne.jp

国芳イズム―歌川国芳とその系脈 武蔵野の洋画家 悳俊彦コレクション
会期:2016年2月19日~4月10日
会場:練馬区立美術館
住所:東京都練馬区貫井1-36-16
電話番号:03-3577-1821
開館時間:10:00〜18:00(入館は閉館30分前まで)
休館日:月休
入館料:一般 800円 / 大高生、65~74歳 600円 / 中学生以下および75歳以上(要証明証) 無料
URL:http://www.neribun.or.jp/museum/


ボストン美術館所蔵 俺たちの国芳 わたしの国貞
会期:2016年3月19日~6月5日 ※会期中無休
会場:Bunkamura ザ・ミュージアム
住所:東京都渋谷区道玄坂2-24-1
電話番号:03-5777-8600(ハローダイヤル)
開館時間:10:00~19:00 ※ 毎週金・土曜日は21:00まで(入館は閉館の30分前まで)
入館料:一般 1500円 / 大高生 1000円 / 中学生 700円
URL:http://www.ntv.co.jp/kunikuni/

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