2016年3月17日発売の「美術手帖 2016年4月号」より、編集長の「Editor's note」をお届けします。
今号の特集は「メンズ・ヌード」です。メンズ・ヌードと対になるのは本来、ウィメンズ・ヌードだろう。でも、ヌードという言葉自体に女性の裸体(ウィメンズ・ヌード)を連想する人が多いのではないだろうか。ここには裸体にまつわる女性と男性の非対称性がある。
この特集では、現在の美術や社会の制度の中に現実に存在する非対称性を意識しながら、男性からの視線の対象としての女性ヌードに限定されない、多様な創造性や欲望の発露・表現としての「メンズ・ヌード」を取り上げた。
具体的には、二人の写真家による撮り下ろし、古代ギリシアから始まる男性ヌードの美術史についての鼎談と論考、日本におけるゲイ・アートの系譜、現代の女性が男性ヌードへ向ける視線の変化を語る対談、男性の身体像に揺さぶりをかける現代アーティ スト・ファイル、アーティストによる特別版ZINE、セクシュアリティーと表現の現在地を探る対談2本と、その扱う主体や対象は多岐にわたっている。
多くの視点や論点が提出されているが、そのなかでいくつかここで言及しておきたい。ひとつは、「メンズ・ヌードの美術史」の鼎談で指摘された「女性による男性ヌード表現がなぜ少ないのか」という問題。もうひとつは、「セクシュアリティーと表現を考える」対談で語られた、異性愛というマジョリティーとセクシャル・マイノリティーという問題設定への疑問。そこでは、昨今LGBT(レズ、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー)や同姓婚が人口に膾炙してきた状況に対して、一方でこれは既存の制度に取り込まれる恐れもあるのではないかという指摘がなされている。
人間の性は、ヘテロ・セクシャルとホモ・セクシャルという二元論におさまるものではなく、そのグラデーションのあいだを常に揺れ動いているものだという考えに立てば、現在のセクシュアリティーがいかに政治とその権力構造によって規定されているかが見えてくる。
アートが社会の潜在的な変化の萌芽を敏感につかみ取り、それを未来へ散種するものだとすれば、「メンズ・ヌード」は、いまもっともラディカルなジャンルなのかも知れません。
2016.03
編集長 岩渕貞哉
出版社:美術出版社
判型:A5判
刊行:2016年3月17日
価格:1,728円(税込)