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色彩のルネサンス。国立新美「ヴェネツィア派展」内覧会レポート

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国立新美術館(東京・六本木)にて、日伊国交樹立150周年を記念した展覧会「日伊国交樹立150周年特別展 アカデミア美術館所蔵 ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たち」が10月10日まで開催されている。本展では、ヴェネツィア絵画の殿堂・アカデミア美術館所蔵の作品が約60点展示され、15世紀半ばから17世紀初頭に至るまでのヴェネツィア・ルネサンスの歴史を概観できる。ヴェネツィアのルネサンス期に焦点をあてた展覧会は国内ではほとんど前例がなく、アカデミア美術館からコレクションがまとまって来日するのも初めて。ヴェネツィア派盛期ルネサンス最大の巨匠であり、「色彩の錬金術師」ともいわれるティツィアーノの晩年の大作《受胎告知》(サン・サルヴァトール聖堂)が特別出品されていることにも注目が集まる。会期に先立って開催された内覧会より、本展の見どころを紹介する。

 フィレンツェに遅れること約半世紀、15世紀半ばにヴェネツィアで新たな美術の動き(ルネサンス)が始まる。海洋商業国家であったヴェネツィアは、北方(フランドル)と南方(イタリア)、東洋(ビザンツ帝国)と西洋(ヨーロッパ)といった、異質な文化がぶつかり合う交差点でもあった。また、カトリックの中心地ローマから離れていたこともあり、宗教的な束縛に過度に縛られることもなかった。そのような大らかで開放的な空気のなか、フィレンツェ生まれの遠近法だけではなく、他の様々な要素を取り入れつつ、ヴェネツィアでは独自の様式が成立していく。フィレンツェの美術が、デッサンや遠近法を重視する「線」の美術ならば、ヴェネツィアの美術は、感覚に直接訴える「色彩」の美術なのだ。

自然との調和が彩る ベッリーニ《聖母子(智天使の聖母)》

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ジョヴァンニ・ベッリーニ 聖母子(赤い智天使の聖母) 1485-90 ヴェネツィア、アカデミア美術館蔵

 展覧会の冒頭を飾るのは、ジョヴァンニ・ベッリーニ《聖母子(赤い智天使の聖母)》(1485-90)。この作品は、聖母子を得意としたベッリーニの傑作であると同時に、ヴェネツィア派の特徴が集約された作品でもある。

 ジョヴァンニ・ベッリーニ(1424/28~1516)は、15世紀のヴェネツィア画壇において中心的な二つの工房のうちの一つを率いていた、ベッリーニ一族の一人。父ヤコポの下で修行し、義兄弟マンテーニャの人体表現や、アントネッロ・ダ・メッシーナの油彩技法など、様々な要素を取り入れながら、独自の様式をつくり上げ、ヴェネツィア派の礎を築いた。

 手すりを隔てた向こうで、聖母が我が子を膝の上に抱えている。この図像自体は、ビザンツ帝国のイコンの伝統にのっとったもの。しかし、我が子の体を支える聖母の手つきや無邪気に母を見上げるイエスの表情からは、人間的で温かな情の通い合いが感じられる。画面上部に並んでいるのは、神の智慧を司る上級天使・ケルビム(智天使)。有名なフランシスコ・ザビエルの肖像画にも描かれているが、本作品では頭部も翼も赤一色で一列に並べられており、生き物というより装飾レリーフのようにも見える。その下に目を移すと、青みを帯びた山並みとなだらかな平原が広がっている。

 ヴェネツィア派の作品を見るポイントの一つとして、背後の風景描写、特に空がある。朝日によって白んだり、夕暮れ時には黄色が混ざる。主題によっては、聖なる光によってより強い黄金の光に満たされる。そういった光の下に広がる柔らかな木々や流れる水の表現は、人間を中心に置くフィレンツェ派にはないもの。ヴェネツィア派の作品には、自然も人間も一体になって世界をつくり上げる、ひとつの「調和」があるのだ。

光り輝く「起源」の物語 ティツィアーノ《受胎告知》

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ティツィアーノ・ヴェチェッリオ 受胎告知 1563-65年頃 ヴェネツィア、サン・サルヴァドール聖堂蔵

 ベッリーニの工房からは多くの画家が出た。その一人で、16世紀、ヴェネツィア絵画の黄金時代を築いたのがジョルジョーネとティツィアーノ(1488/90~1576)である。ジョルジョーネは若死にしたが、ティツィアーノは、ハプスブルク家の宮廷画家になるなど、国際的な名声を得るまでになる。

 《受胎告知》(1563-65年頃)はその晩年に描かれた、4メートルを越える大きさの祭壇画である。荒く震えるような筆致はティツィアーノの晩年様式の特徴であり、前に立つと、まるで画面全体から金色の光があふれ、燃え上がっているかのようにも見え、圧倒される。ここに表現されているのは、聖母がイエスの誕生を告げられる「受胎告知」、つまり「キリスト教の始まり」である。突然現れた天使に驚きの身振りを示しつつも、聖母はヴェールを片手で持ち上げながら、静かに語りかけられる言葉に耳を傾けている。

 実は、この主題は、ヴェネツィア人たちにとって特別な意味を持つものだった。伝承によると、蛮族の襲来を逃れた人々によってヴェネツィアが建国されたのが421年の3月25日、受胎告知の祝日だったのである。つまり、ヴェネツィア人にとって、「受胎告知」の主題は二重の意味で「起源」を示すテーマだったということになる。あふれ出る光の中で展開されるこのドラマを、ヴェネツィア人たちがどのような思いを込めて見上げていたのか、思いを馳せながら作品の前に立つのも楽しみ方のひとつだろう。

躍動感とドラマ ティントレット《聖母被昇天》

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ヤコポ・ティントレット(本名ヤコポ・ロブスティ) 聖母被昇天 1550年頃 ヴェネツィア、アカデミア美術館蔵

 最後に、ティツィアーノに続く世代を取り上げよう。16世紀半ば、ティツィアーノがハプスブルク家の宮廷画家になったのと同じ頃、一人の画家がヴェネツィアで華々しくデビューする。彼の名はヤコポ・ロブスティ(通称ヤコポ・ティントレット、1519~1594)、彼は「ティツィアーノの色彩とミケランジェロの素描」をモットーとしていたと言われている。

 《聖母被昇天》は、1550年頃、デビューから間もない時期の作品である。聖母が天に昇ろうとする瞬間を描いている。驚く使徒たちの視線をたどった先に、聖母はやや腰をひねりながら、上へ上へとねじり込まれるようにして上昇していくように見える。

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ヤコポ・ティントレット(本名ヤコポ・ロプスティ) 動物の創造 1550-53 ヴェネツィア、アカデミア美術館蔵

 いっぽう、同室内にある同じくティントレットによる《動物の創造》(1550-53)を見てみよう。こちらは旧約聖書の創世記の5日目と6日目、水陸の生物たちの創造を描いている。画面中央では金色の光をまとって浮遊する創造主(神)が不思議な存在を放つ。その背後では彼によって生み出された、おびただしい数の魚や鳥、動物が右から左へと移動していく様子が躍動感をもって表現されている。どちらの作品もまるで映画のワンシーンを切り取ったようである。

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「ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たち」の展示風景

 今回は、展覧会出品作の中から、3人の画家を選んで紹介した。しかし、ベッリーニのライバル工房の流れを組み、独自の画風を築いたカルロ・クリヴェリや、ティントレットのライバルで、華やかな色彩と安定した古典的表現が特徴的なパオロ・ヴェロネーゼなど、注目すべき画家や作品は数多くある。それらを一度に目にすることのできる本展覧会は、まさに宝石箱にもたとえられよう。ぜひ展覧会に足を運び、それぞれに魅力をもった作品に触れていただきたい。

日伊国交樹立150周年特別展
アカデミア美術館所蔵 ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たち
会期:2016年7月13日~10月10日
会場:国立新美術館 企画展示室2E
住所:東京都港区六本木7-22-2
電話番号:03-5777-8600(ハローダイアル)
開館時間:10:00~18:00
金曜日、8月6日・13日・20日は20時まで(入場は閉館の30分前まで)
休館日:火曜日 ※ただし8月16日は開館
入館料:一般 1600円 / 大学生 1200円 / 高校生800円 中学生以下無料
URL:http://www.tbs.co.jp/venice2016/

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