ポスト・コンセプチュアリストとして1990年代より活動するショーン・ランダース。絵画、詩、彫刻、インスタレーション、映像など様々な手法を用いて、絵画の永続性への関心をもとに制作する作家に、時代を超える、絵画の普遍性について話を聞いた。
ショーン・ランダースは1962年、米国マサチューセッツに生まれ、現在はニューヨークを拠点に作家活動を展開する。絵画を主なフィールドとしつつも、詩、彫刻、映像など、様々なメディアを用いた作品で知られるコンセプチュアル・アーティストである。今回の個展は、北米に生息する哺乳動物の姿が画面中央に描かれ、それらの動物たちが皆一様にスコットランドのタータンチェック柄の毛皮を纏った「哺乳動物」シリーズと、夜の森の雪景色のなかで木々の樹皮に言葉や詩、そして記号めいた図像が彫りこまれた「テストとイメージ」シリーズによって構成される。

「動物シリーズは2004年から制作しているもので、ルネ・マグリットの「ヴァーシュ(雌牛)の時代」(1947〜48年)と呼ばれる時期の絵画作品にインスパイアされています。私はその時代のマグリットの作品を1990年代にニューヨークの美術館で見たことがありますが、彼の作品の中でももっとも優れた作品シリーズだと思っています。というのも、その動機がなんであれ、彼はそれまでの安定した作風から自由になろうとしていて、実際、描かれた絵画も実に素晴らしいものでした。変化を恐れず、新たな課題に挑戦していくことは、すべてのアーティストにとって、とても重要なことです。つまり、この動物シリーズの制作も、私にとっては大きな挑戦だったわけです。そして夜の森を描いた作品は、1993〜94年頃の初期作品に直接的に関連するシリーズの作品で、木々の樹皮に、かつてこの場所に何者かがいたことを想起させるような痕跡を刻みつけています」。

絵画制作がもたらす普遍性
ランダースはその絵画制作において、哺乳動物にタータンチェック柄の毛皮を纏わせる、あるいは画中にイメージとテキストを混在させる、といったマグリットの流用や詩と絵画を行き来する行為を通して、動植物と人のあいだの境界、あるいは自然界の野性に揺らぎを与え、鑑賞者とのあいだに静謐かつ内省的な時間と空間をつくりだす。そうしたランダースの絵画空間がもつ「親密さ」と、そのオートマティスム的な方法や集団的無意識との関係性について、聞いてみた。
「まだキャリアが浅い頃は、雑な、時には醜い絵画を描くこともあって、若いときはそれこそが私の芸術のあるべき方法や態度だとさえ思っていました。しかしながら、私の絵画は、私がこの世からいなくなったあとも残り続けるでしょう。ですから、後世の人々が所有したくなるように、そして何度でも見たくなるように、絵画をできるだけ魅力的に描こう、と考えるようになりました。本当に馬鹿げた考えだとは思いますが(笑)、その気持ちが、私をスタジオへ、そして絵を描くことへと向かわせるのです。
確かに集団的無意識は、私が若い頃からいつも追い求めてきたことです。思考のおもむくままに描く/書くことをひたすら繰り返す──こうして私の作品は生まれ、そこにはなんの計画性もありません。何かをイメージするとき、絵画を描くとき、彫刻をつくるとき、テキストを書くときも同じ方法によります。私にとっての真理と、他の誰かにとっての真理は、普遍的なつながりを持っているのです」。

ランダースは、自身が影響を受けたアーティストとして、イタリア・トリノ生まれの彫刻家メダルド・ロッソ(1858〜1928)の名を挙げた。「すべては光の戯れである」という名言を残したロッソは、レオナルド・ダ・ヴィンチの研究者としても知られ、かつて「絵画のような彫刻」の制作を試みた。触覚的な彫刻のロダンに対し、視覚的な彫刻とも言われるロッソに興味を抱いたランダースは、大学時代に「絵画」ではなく「彫刻」を専攻したという。
「私の祖母と母親は油画の教師だったので、幼い頃から描くことを強いられました(笑)。その反動で、学生時代には文章を書くこと、詩作、彫刻など、様々なことを学びました。彼女たちと自分を差別化したかったのだと思います。大学では彫刻を専攻したので、大きなアトリエを与えられましたが、結局、壁はすべて、絵画や詩で覆われていました」。

Courtesy of the artist and Petzel Gallery, New York © Sean Landers
絵画はその歴史において、ギリシア神話に登場する美少年ナルキッソスが覗き込む水鏡に起源を持つとも言われ、眼前に広がる3次元の世界を2次元のフラットな平面に精確に写しとり、歴史/物語を再現するだけでなく、時にはそれらを全否定しつつも、時空を超える「窓」、あるいは現実/虚構世界を映し出す「鏡」にさえ喩えられてきた。また、ナルシシズム(自己愛)はその美少年の名に由来し、絵画空間は根源的に自己/他者を/によって、(鏡像的・反射的に)愛する/愛される場であり続けてきた。19世紀初めの写真の発明以降、幾度となく繰り返されてきた「絵画の死」という進歩史観の立場からの覇権的な言説を前に、嬉々として「四角いキャンバスの中なら、どこにでも行ける」、そして「誰も描くことを止められない」と言い放ち、古代から連綿と続く、言葉とイメージによる無限の交渉を継承するランダースは、単なる楽天家ではなく、確信犯なのだ。

Courtesy of Taka Ishii Gallery, Tokyo Photo by Kenji Takahashi
PROFILE
1962年マサチューセッツ生まれ。86年イエール大学芸術大学院修了。現在ニューヨークを拠点に活動。テキストとイメージを混在させる手法で、彫刻、インスタレーション、ビデオや絵画を制作。主な個展に、2004年クンストハレ・チューリッヒ、10年セントルイス現代美術館など。主なグループ展に13年「Aquatopia: The Imaginary of the Ocean Deep」(ノッティンガム・コンテンポラリー、14年テート・セント・アイヴスに巡回)、15年「Picasso in Contemporary Art」(ダイヒトアハーレン・ハンブルク)など。
島田浩太朗=文
(『美術手帖』2016年4月号「ARTIST PICK UP」より)
会場:タカ・イシイギャラリー
住所:東京都渋谷区千駄ヶ谷3-10-11 B1
電話番号:03-6434-7010
開館時間:11:00~19:00
休廊日:日月祝
URL:www.takaishiigallery.com