2016年5〜6月、国内外で幅広く活動する彫刻家・美術家、小谷元彦のアメリカで初となる個展「Depth of the Body」がニューヨーク・チェルシーのギャラリー「アルバーツ・ベンダ」で開催された。同時期に開催されていたアートフェア「フリーズ・ニューヨーク」の会場で作家にインタビューを行い、 今回の展示のテーマ、日本人アーティストの海外での活動、そしてニューヨークのアートシーンについて語ってもらった。
チェルシーで個展を開催するということ
これまでに日本国外での展示を多く経験してきた小谷だが、意外にもアメリカでの個展は今回が初。会場は、世界中から多くのアートコレクターが集まるニューヨークのアートシーンの中心部、数百件のギャラリーが立ち並ぶチェルシー地区。著名アーティストを擁する有力ギャラリーが集結するこのエリアで個展を開催することは、アーティストたちにとって格別の意味を持つ。
加えて、会期となった5〜6月は、ニューヨークのアートシーンにおいて特に重要な時期とされている。5月初旬に多くのアートフェアが市内で開かれるのに合わせ、国内外からたくさんのコレクターたちが集まる。ギャラリーにとっては新しい顧客を獲得する絶好の機会となるため、力の入った展示が多く開催されるのだ。今年はアニッシュ・カプーア、リチャード・セラ、シグマー・ポルケなどのメガギャラリーの企画展示が注目を集め、週末のチェルシーは盛況となった。一方、アーティストにとっては、このシーズンの企画で目立つのは難しい。小谷にとっても、プレッシャーを感じながらの個展開催となったと言う。

喪失、再生と日本人の精神性
「大きな喪失を経験した人間はどう回復していくか」をテーマとした今回の個展は、彫刻とビデオの作品がおよそ半分ずつの構成。耳、手、内臓、骨、足など身体の一部分がモチーフとなった作品が並び、展示全体で人間の全身ができ上がるようなイメージになっている。
制作活動を始めた頃から小谷は、「ファントム・リム(幻肢)」と呼ばれる現象に興味を持ってきた。これは、事故などで手や足を失ったあとに、その部分がかゆくなったり痛むような感覚を通じ、失われた部分がまだ存在するような錯覚を起こすこと。 大きなロスをしたあとに新しい感覚を手に入れ、自分を変化させ新しいかたちで生きていく。「日本人は、そういうことをずっと繰り返してきた民族」と語る小谷は、喪失から再生に至るプロセスに大きな意味を見出している。そして2011年の東日本大震災のあと、この思いはさらに強くなったと言う。
日本では昔から、災害によって壊滅的な被害を受けるたび、残されたものを利用しながら再生することを繰り返してきた。そのなかには、火事で焼け残った頭部に新たな体を接ぎ合わせて再建した仏像のような、一見グロテスクなものも多くある。小谷は「再構築を繰り返しながら、ぎこちない姿をした新たな存在を受け入れていく寛容さが、日本の精神性の根底に培われてきたように感じる」と話す。制作を通じて表現していきたいのは、そういった「日本の本質に関わるような部分」でもあると言う。

Images courtesy of Albertz Benda
街が生む、作品のスケール感
巨大作品ブームといわれる昨今。インタビューの場となった「フリーズ・ニューヨーク」のアートフェア会場には、比較的こじんまりとした作品が多く見えたが、アーティストの立場からみると、このような空間でコンパクトに見える作品も決して「小さく」はないという。「日本では、ここに並んでいるようなサイズの作品を制作するスペースを確保すること自体が困難。その点では、日本と海外のアーティストの間には大きな壁があると感じる」。
チェルシーのギャラリーを見て回った際にも、小谷にとって印象に残ったのは巨大な作品の多さだった。「残念ながら、海外の大きい作品に囲まれると、日本人アーティストの作品は目立たない。日本人は小さく精密につくることは得意だけど、大きくするのは苦手なんです」。東京とニューヨークの生活では、普段の視界のスケール感自体が違うため、必然的に生まれる表現のスケール感にも大きな差が生じる。「無理やり大きくした作品は、どこかでボロが出てしまう。大きい作品が流行っているからといって、日本から大きいものを簡単に持ってこれないのも難しいところ」と小谷は話す。

日本人アーティストが抱える「ハンデ」
また、ニューヨークで日本人アーティストが展示する場合、欧米アーティストの作品を手配するのに比べ、 搬送にかかるコストが大きくなる。言葉の壁も立ちはだかる。 小谷は「多くの日本人アーティストにとってニューヨークは遠い」という。
それに加え、海外の美術関係者には「日本人アーティストの扱いは難しい」と思われがちだ。その一因は、プレゼンのスキル不足。プレゼンの経験を積み重ねている欧米のアーティストに比べ、わかりやすく自分の作品について説明することができる日本人アーティストはまだまだ少ないのが現状。翻訳・通訳者を介せば意思の疎通を図ることはできるが、「作品を通じて何を伝えたいのか」はアーティストの言葉で発信する必要がある。それが明確になっていない状態で作品を売り込むのは、ギャラリーにとっても至難の技なのだ。
巨大化し、あらゆる表現が出尽くしたのではないかとすら思えるコンテンポラリー・アート。それでも制作する意義を明確化することが、アートマーケットにおいて重要になってきている。熱心なコレクターはアーティストから直接話を聞いて、もっとアーティストや作品について知りたいと思うもの。小谷もそういった場面を実際に経験し、「英語が拙くても自分で話すのが大事」と感じているという。

Images courtesy of Albertz Benda
ショック・バリューの時代に。武器は緻密な構成力
小谷は「日本人アーティストは、欧米のアーティストに比べ、緻密で細かい作業を重ね、一定の質を保つ能力に長けている傾向がある。集中力がオフになって表現が散漫になることがなく、作品全体をクオリティのばらつきなく構成できるのが一種の強み」と話す。インパクトが強い作品が多いチェルシーでの個展にも、「しっかり見てもらえば見劣りしないはず」という気概を持って挑んだという。
最近のニューヨークのギャラリーでは、即時的に注目を集める「ショック・バリュー」の高い企画が続いている。セルフィーが流行し、記念撮影をするために作品に背を向ける人たちの姿も定着してきて、観客が作品を見る時間はどんどん短くなっているように見える。

そんななか、小谷の個展では、ビデオ作品に見入って微動だにしない人や、彫刻の細かさに思わず声をあげ、いろいろな角度から精査する人など、作品にじっくり向き合う観客の姿が見受けられた。会場となったアルバーツ・ベンダのオーナー、トーステンも「お客さんたちからかなりポジティブな反応が返ってきている」と手応えを感じていた。
海外のアートマーケットにおける潮流や、重要とされていることを押さえながらも、それに迎合することなく自分の表現とテーマを貫き、じっくり勝負をする小谷の姿は、日本人アーティストが世界で活躍する可能性を提示しているのではないのだろうか。
場所:Albertz Benda
住所:515 W 26th St, New York NY, 10001 USA
電話番号:+1-212-244-2579
開館時間:10:00~18:00
休館日:日休
URL:http://albertzbenda.com