奇想天外な視覚言語で混沌とした世界観を創造するフリードリッヒ・クナス。 今春開催された個展に際し、理想と現実、陰鬱と陽気、真摯と冗談など、両極性を自由自在に操る作家に、 これまでの歩みと制作の裏側についてインタビューした。
ドイツ・ロマン主義とアメリカ西海岸カルチャーが出会う風景
旧東ドイツのケムニッツ出身、ロサンジェルス在住のフリードリッヒ・クナスによる6年ぶり2度目の東京での個展が、Kaikai Kiki Galleryで開催された。本展で発表された新作では、ロマン主義を想起させる崇高な風景と西海岸カルチャーのドライな軽快さが同一平面上で出会い、独特のイメージを生み出している。アーティストになった経緯から本展の見どころまで、話を聞いた。

「子どもの頃の私は集中力を欠きがちで、15歳のときには不登校になり、街をぶらつくようになりました。そんななか、当時母が経営していた小さなギャラリ ーでA・R・ペンクの展覧会を見る機会があり、彼の作品に触発されてなんとなく絵を描き始めました。それを知った母が、私に内緒で美術大学へ出願したら、合格してしまったのです。まだ10代だった私は、年上の学生たちに交じって美術を学ぶことになりました。つまり、私の作家活動は何かの間違いから始まったもので、当初は不満やジョークのような気持ちしかありませんでした。その感覚は今でも残っていて、いつも美術との距離を感じています。私が美術を選んだのではなく、むしろ美術のほうが急に私の人生へ飛び込んできたのです。美術を学び始めて数年後、私はようやく自分の複雑な感情を視覚的に表現できると確信し、自分の置かれた状況を受け入れることにしました。
とはいえ、私は古典的な正統派の美術教育を受けたわけではありません。大学の先生は、ヨーゼフ・ボイス、リチャード・プリンス、レオナルド・ダ・ヴィンチ、アンセル・アダムスなどの作品集と一緒に、哲学書や文学作品などの幅広い作家とジャンルを紹介してくれたので、私はハイアートとサブカルチャーを分け隔てなく自然に学ぶことができました。もっとも、10代後半の少年にとっては、美術史を学ぶよりも街中で音楽やドラッグを楽しむことのほうが刺激に満ちていましたけどね。若いうちに知識を詰め込むことは、規範で自分を束縛し、表現の可能性を摘むことにもつながりかねないと思います」。

こうして1990年代にドイツでアーティストとしての活動を開始したクナスは、2000年代にロサンジェルスへ移住する。
「私は共産主義体制の東ドイツで生まれ育ったので、西への憧れは幼い頃からありました。西はつねに希望や新たな始まりを象徴していて、その最果ての地がロサンジェルスです。作家活動の初期を過ごした90年代のケルンは、都市化が急速に進み、アーティストたちのコミュニティーも徐々に窮屈になっていました。そんななか、2003年にアートバーゼル・バーゼルで発表したビデオアートがきっかけで、BLUM&POEからロサンジェルスでのグループ展参加の誘いを受けました。
同地を初めて訪れたとき、太陽の日差しが印象的でした。それまでドイツ・ロマン主義的な哀愁や長くて重苦しい歴史を扱っており、ドイツにいることが耐えられなくなっていたので、すぐに移住を決意しました。自分が向き合ってきたテーマを客観的にとらえ直すためにも、海外へ渡り、距離をとることは有効だと考えました。歴史の浅いロサンジェルスでは、より自由に制作できるように感じますし、自由な雰囲気が自分の作品をより完全なものにしてくれると確信しています。私の作品をハリウッド映画に例えるなら、キャンバスはスクリーン、風景は書き割りのようなもの。エアーブラシを使用するのも、そうした西海岸的な要素の一つです」。

痛みを伴う現代の崇高な風景
本展でクナスが挑んだのは「風景画」である。現代において風景を描く意図はなんなのか。「風景と人間を対比させることで、無力な人間の存在を描き出したいのです。風景は時間を超越したもので、それに比べると人の一生はとても短い。崇高な風景を目の前にすると、私たちの営みは取るに足らないもので、戯画のように見えてきます。同時に、それは喪失や死と隣り合わせにあります。そのような私の自然観、人生観を反映した展覧会名は、作品の視覚的なバカバカしさと対をなしています。また、展示構成も畳部屋とホワイトキューブ空間で変化をつけました。前者は親密な空間なので、幼少期の記憶など主観的な世界をモチーフに選びました。後者では、風景やコミュニティーに対してより客観的なアプローチを試みました。

私が特に影響を受けた風景画家は、ドイツ・ロマン主義のカスパー・ダーヴィト・フリードリヒとハドソン・リバー派のフレデリック・チャーチです。フリードリヒが風景を感傷的に描いたように、私も静的なものや風景をロマンティックに表現したいと思っています。ただ、それは「哀愁(ノスタルジア)=痛みや傷を伴わない記憶」という意味ではありません。私は、闇、痛み、ヒステリー、愚直、エロティシズムなども含んだ複雑な感情を探究しています。また、1820年代のハドソン・リバー派がアメリカの原生自然を発見したように、現代に生きる私もロサンジェルスで未知の風景を発見したいと思っています」。

クナスは、戯画を思わせる細くて軽妙なタッチによって歴史や風景の重圧を巧みにかわしながら、人間の深遠な精神へ迫ろうとする。それは、高尚と低俗、外界と内面、現実と理想が不可分に入り交じった現代人の心象風景だと言えるだろう。
近藤亮介=文
(『美術手帖』2016年8月号「ARTIST PICK UP」より)
PROFILE
FRIEDRICH KUNATH 1974年ケムニッツ(旧東ドイツ)生まれ、ロサンジェルス在住。横断的なメディアと通俗的なモチーフを駆使し、人間の憂愁や悲哀を滑稽かつ大胆に表現している。主な個展に10年ハマー美術館(LA)、13年オックスフォード現代美術館、14年クンストハレ・ブレーマーハーフェン(ドイツ)。16年「村上隆のスーパーフラット・コレクション」展(横浜美術館)など多数のグループ展に参加。
会場:Kaikai Kiki Gallery
住所:東京都港区元麻布2-3-30元麻布クレストビルB1F
電話番号:03-6823-6038
開館時間:11:00~19:00
休館日:日月祝休
URL:gallery-kaikaikiki.com