この5月で開業から4年を迎えた東京スカイツリー。高さ約634メートル、日本で最も高い建造物として2012年に開業した同タワーは、今ではすっかり東京下町の風景の一部となっています。2011年末に刊行された佐藤信太郎の写真集『東京|天空樹』は、2年半にわたるスカイツリーの成長を記録したもの。今あらためて、思い出のアルバムを開くように、この写真集を眺めてみたいと思います。
超現実的な東京の風景
佐藤信太郎は、東京を拠点として風景写真を撮り続けている写真家です。前作『非常階段東京』(青幻舎、2008年)では、ビルの非常階段に大判カメラを設置し、空気の澄みわたった冬の黄昏時を中心に、東京の街並みを切り取りました。移ろいゆく空の色、輝く人工の光と夕闇の濃い影。画面の隅々まで、すべてがはっきり、くっきりと写り込んだ超現実的な街の景色です。私たち人間の眼は、こんなにも広範な風景を、一挙に均質に見ることはなかなかできません。

『非常階段東京』が、こうした人間の眼がなしえない視覚体験を提供したなら、『東京|天空樹』は、むしろ人間の眼と脳の機能を、カメラによって再現しようと試みることで、一種ファンタジックな風景を生み出したと言ってよいでしょう。

佐藤はカメラをアナログからデジタルに切り替え、被写体に合わせて、いくつものカットをつなぎ合わせ、画面を拡張しながら一つの作品を完成させていく方法をとりました。それは、日に日に天高く伸びてゆくスカイツリーを追いかけるために採用された撮影方法で、まるで日本の絵巻物のように、複数の時間軸と視点が交差する画面を生み出しました。

透徹したまなざしに加味された人間くささ
私たちの人生は、無数の小さな記憶の断片をつなぎ合わせてできている、と言ってよいかもしれません。私たちは防犯カメラのように、ただ延々と眼前で起こることを脳に記録することはできません。そのときどきの気分や感情の揺らぎによって、脳に入ってくる情報を、誇張し、補完し、脚色し、あるいは忘却して生きています。その日の体調や天気、四季折々の風物、隣にいる家族や友人、さまざまな要素が、私たちの思い出を形づくります。


『東京|天空樹』に収録された作品群は、『非常階段東京』に見られた高度な撮影技術を受け継ぎながらも、目の前で刻々と変化する複合的な要素を、画面の中に柔軟に取り入れる佐藤の新たな撮影の姿勢によって、一種の人間味が加わったように思えます。そこには、孤高の非常階段には聞こえてこなかった、下町に暮らす人々の声が聞こえてくるかのようです。
2011年の写真集刊行当時、多くの人にとって新奇なものだったスカイツリーのそびえる風景。しかし、2016年のいま改めて写真集を見返してみると、マスメディアの刷り込みと個々人の記憶も相まって、妙に懐かしく親しみを覚える風景に変容してきているように思えます。写真作品自体は何も変わっていないのですが、私たちの脳は、そこに思い出を投影していきます。

佐藤が写し出す徹底してクリアな画面があればこそ、フレキシブルに切り替わるデジタルカメラの視点は、下町の風景の中に、曖昧で気まぐれな人間の眼と脳の働きの面白さを実感させるのでしょう。
東京下町の土壌から永年の歴史を吸い上げて、多くの人の思い出の枝葉を広げていく東京スカイツリー。佐藤信太郎の『東京|天空樹』は、まさに植物のように日々移ろいゆくその特質を、瞬間ごとに見事に切り取りながら、写真の中の時間というものが、必ずしもシャッターを切った撮影日時で止まってしまうわけではない、ということを物語っているかのようです。

発行日:2011年12月20日
判型:B4変形
ページ数:104ページ
価格:3,800円(税別)